天国と地獄の始まり
今でもその光景は忘れられない。
見渡す限り辺りは火の海、誰の姿もなく、ただ自分だけがそこにはいた。
自分はここで終わるのだと、そう悟った時考える事をやめた。
それからの事は何も覚えてない。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
11時42分
俺は今まさに空腹と戦っていた。
もうすぐ昼休み。
学生なら誰だってこの試練に立ち向かっているはずである。
俺は一刻も早く、学食のケバブが食いたかった。
なぜ学食にケバブなんてあるのか、誰だって疑問に思うことだろう。
どこかの馬鹿が学食にケバブを置いて欲しいと申請した結果、まさかの通ってしまったらしい。
今まで食べたことがなかったが、これが思いのほか美味かった。
申請したやつの名前は確か…
「…﨑!聞いてるのか切﨑!」
「…ッ!?」
気がついた時には時すでに遅し。
クラスの全員の視線がそこにはあった。
「ここの問題を答えろ」
保体の猿山の授業ってことすっかり忘れていた。
当然、
「すみません、聞いてませんでした」
「まったく…一点減点だ」
「……」
こんなものである。
クラスの人気者だったら保体の授業なんか、テキトーに下ネタでも言ったら笑いの一つや二つ生まれるだろう。
…点は下がるが。
ただ、俺のような居て居ないような存在など誰が相手するだろうか。
ただ空気が凍るだけである。
こうして学校に来てるのも、ただ卒業するため。
あとは昼食ぐらいか。
今を生きるための楽しみなどこれと言って何も無い。
いや、正確には無くしたのか…
「♪」
「…ッ」
そんなこんなしてるうちに、授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
さて…
今日もケバブでぼっち飯といきますか。
そして俺は学食へと足を運んだ。
学食のケバブは人気である。
男子達は毎日のようにその行列に並ぶ。
ただダイエットに必死な女子たちが並ぶ事はほとんどない。
並ぶ人間にとってはライバルが減って好都合である。
待つ事15分、やっと最前列に到着した。
「イラッシャイ!イツモアリガトネ!」
「いつもので」
彼の名は大介•S•ケネディ
この学食でケバブを作る人であり、皆のアイドル?である。
とにかくこの人の作るケバブは美味い。
他の味を知らないだけだが。
「オマタセ!500エンネ!」
「はい」
ポケットから500円玉を出す。
「ハイ、チョウド!マタヨロシクネ!」
「は〜い」
すっかり顔なじみである。
俺の学校での味方は彼だけなのではないかと、たまに真剣に思うことがある。
誰もがここから屋上で黄昏ながら食べるところを想像するだろう。
だが、残念。
屋上はリア充の巣窟である。
だから俺はいつも普段使われていない教室に続く階段で1人、ケバブを頬張るのであった。
「うめー!うめーよケネディさん!」
いつもこんな感じである。
やはり空腹に耐えた後のケバブは最高である。
口は止まらず、あっという間に完食した。
「いやーこれ食うために学校来てるようなもんだな」
腹ごしらえも終え、めんどくさがりながらも午後の授業を受けるため教室に戻るのであった。
時刻は夕方の4時を過ぎ、授業は全て終えた。
帰宅部の俺は特に何もする事がなく、帰っても暇だった。
放課後は本屋に行って時間を潰してから帰るのが日課だった。
フツーならゲーセンなどを想像されるだろうが、ここはド田舎。
ゲーセンに行ってもまともな筐体なんてない。
ただあるとすればブレ〇ブルーぐらいである。
ただこの地域だと、行ってもトップランカーが強すぎて話にならないとか。
ユーザー名は那央、エデン、りゃいむっていったっけ。
まぁ、家庭版をする俺には無縁である。
だから今日も…
「さて、今週のヤ〇ジャンはどうなったかな」
ただ本屋を目指すのだった。
太陽も沈み、暗くなった夜7時。
暇つぶしも終え、帰路についた。
よくもまぁ、本屋で3時間も時間が潰せるものだと、我ながら思う。
すっかり店員さんにも顔を知られてる。
こうして今日も何一つ変わらない1日が終わる。
そう思ったその時
「……ッ!」
一瞬視界が歪んだのだ。
貧血かと思った、しかし。
目を疑った。
この地域は田舎であり、周りは見渡せば山や海である。
しかし、さっきまで風で揺れていた木の枝の揺れは止まり、海の波も明らかに不自然に止まっていた。
まるで時間が止まったかのように。
「何だよ…これ!」
思考が追いつかない。
状況を把握出来ない焦りと恐怖から汗がにじみ出る。
あたりを見渡しても動くものが何もなかった。
その時だった。
「ッ!」
上から微かな音が聞こえた。
木々生い茂る坂道から突如現れたであろう『それ』は、宙に浮いていた。
そして『それ』はこちらに向かって落ちてくる。
(あれは一体…)
徐々に近づいてきて、視界に映るのは『それ』だけだった。
「水色…?」
そう呟いた瞬間、『それ』に押し潰された。
「ごふッ!」
幸い、背負っていた鞄がいい具合にずれ、頭の強打を防いだ。
それより問題は俺を押し潰したこれである。
『それ』は妙に柔らかかった。
(何だこれ……)
そう思っていたら
「へぇッ!?」
何か高い声が聞こえたと思った矢先、俺を押し潰した『それ』は離れた。
そして俺の視界に映るもの、俺に限らず誰だって認識できるもの。
人だ。
そして俺はここでようやく人に押し潰されていた事を理解する。
そしてその服装、体つきから女性だとわかった。
(つまりさっきまで俺の視界に広がってた水色の物体は…)
なんて思っていた時、その人は振り向いた。
「ッ!」
「……」
その少女は何かに驚いていた。
それに対し俺はその少女の綺麗な顔立ちに見とれているだけだった。
この日、この少女との出会いにより、俺の人生が大きく変わるという事を俺はまだ知らなかった。