鹿
微かな音が聞こえた。それは大きな音が遠くから届いたために小さい音になったように思われた。
はっとして目を開ける。うたた寝をしていたらしい。入り口から薄明かりが差し込んできていた。日が昇り出しているのだろう。
そっと外を伺うと雨は上がってはいるが空は厚い雲に覆われていた。
【見える範囲には異常がないね】
首肯だけを返す。やってから伝わるのだろうか疑問を覚えた。
「何だったんだろう」
【さてね。それほど遠くではないようだけれど、探してみるかい?】
当てなどないがここにいてすることもない。そう思って雨でぬかるんだ土に一歩踏み出した。
食べ物を口にしてからどれほどたったのだろうか。痛みのようにさえ感じる飢えを覚えていた。歩く先で見つけた物を食べて凌いでいるが、味を感じず満足出来ずにいた。飢えはほとんど満たされなかった。
濡れた木の根で足を滑らせないように気をつけながら歩いていた。そろそろだろうか、そう思って振り返る。目当ての物からは少しばかり近い気がするがいいだろう。
錆の浮いた剣を抜く。その刃を目の前の木に押し付ける。そのまま幹に沿ってぐるりと回す。潰れた木の皮がポロポロと落ちていく。
こうして道標を何度も繰り返してきたのだが、未だにあの音がなんだったのかは分からずにいた。
「アノン」
もう戻ろうか。そう言おうとした時だった。
土をえぐる音が聞こえた。
【どうやら近くまで来ていたらしいね】
その言葉に答えることもせず、好奇心から火に誘われる虫のように向かっていった。
木々の間から剥き出しの土が見えた。どうやら先は崖であるらしい。
辿り着いてみればそこには積み重なった土くれとその上に横たわる鹿がいた。