洞
冷たい感触が頰にあたり、気持ち良い。このまま眠っていたくなる。しかし喉が渇き、腹も減っている。このまま眠っていてはそのうち衰えて死んでしまうんじゃないかと思うほどに渇き、飢えている。そこではた、と気づいた。自分は眠っているのかと。
目を開けると真っ暗闇だった。薄明かりが斜め上の方に見える。しかし見えたのはそれだけで自分の姿さえ見えはしなかった。
そんなことも今は些細な問題だった。
「み…、…ず…」
思わずつぶやきが漏れたが、それは言葉を成さなかった。あまりにも渇きすぎたこの喉では満足に声も出せないらしい。
光の差す方へ進もうするとどうやら岩肌の坂になっていることが知れた。天井は低くなっていて、歩いて行けそうにもなかったが、このまま這いずって登れそうと分かれば、肌が傷付くのも厭わずに地面に飛び付いた。
普通なら這っていくにしても、傷やら汚れやらを気にするものだが、あらん限りの力を振り絞り出来るだけ早くこの洞から出ようともがいた。極限までの渇きがそうさせていた。
(水を水を。水でなくてもいい、飲み物を)
頭の中ではその思いだけがぐるぐると回り続けていた。外に近づくにつれ、ごうごうと音が響いてはいたが、ちっとも頭の中には入ってこなかった。
実は最初に寝ていたところの少し奥に湧き水があったのだが、外から差す光に釣られ、さながら灯に誘われる蛾のように、洋介は外へ這い出た。
外は明るい緑がきらめく森だった。以前にテレビで見た、どこか外国の原生林に似ていて、自然の無秩序の中の秩序があり、美しく感じられたことだろうが、今は水を求める獣であり、その眼は美しさなど毛ほども写さなかった。
外に出てからようやく轟音に気づき、音の方へと目を向けるとそこには飛沫をあげて流れ落ちる滝があった。滝の途中で早すぎる水の流れが全て飛沫に変わっていたが、滝壺にはしかと水が溜まっていた。
目に入った瞬間に走り出そうとするが、足がもつれ、あっちへふらふら、こっちへふらふらと千鳥足になりながらも水面へ近付くとそのまま口をつけて意地汚くその清水をすすった。
幾らでも飲める気がした。幾ら飲んでも渇きが収まることがない気がした。ただ求めるままに飲み続けた。しかし焦り過ぎていたせいか喉の奥で引っかかり、通路を失った空気が肺から一気に押し寄せて口から噴出した。
「フボゴッ!」
変な叫びを出し、続けて咳き込んだ。口から戻した際に鼻も通ったらしく鼻の下を透明な汁が垂れていく。我ながらこんなことをやらかした水を飲む気がうせてしまった。
些か不本意ではあるが、酷い渇きは落ち着き、未だ酷い空腹のままではあったが周囲をみる余裕は生まれていた。
まず目に入ったのは水面に映る姿だった。そこには髪が伸び放題で頬が痩せこけ目が落ち窪んだ、ミイラと大差ないような男が映っていた。
そしてその男の目は驚愕により見開かれていた。それは間違いなく自分の顔だった。
「ーーーーーーーーーー‼︎」
思わず叫び声を上げようとしたが、驚き過ぎて喉が固まり、声とはならず、息だけが口から出た。
いつの間にか前へ出していた手を見ると、同じくほとんどの肉が削げ落ちていて代わりに爪が伸びに伸び自分のものとは思えなかった。
「ハァハァハァ…」
急に息苦しくなり息が乱れ出した。
あまりのことに自分を見失いそうだった。
いやもう既に自分なんてものは無くなっているのかもしれない、そう思った時だった。
「やぁ、おはよう」
女のような高い声が聞こえた。