出会い
夕暮れ時の寂れた駅前は学校帰りの学生とそれ以外の人がちらほらいた。登りも下りも少し前に出て、次の電車までまだ幾分時間があるため人は少なかった。
高校から帰る途中、御影洋介はよく駅前のロータリーに設えられたベンチに座って、そうした人たちをぼーっと眺めていた。
何するでもなく、眺めていた。
人の流れを見ていれば、それだけで自分が同じ社会の中で生きているような気にさせた。
両親は共働きで家に帰れば1人、テレビを見ることがあまり好きではない洋介はこうすることが1番良い気持ちになった。
高校生ならば勉強をするべき、というところだろうが多くの彼らと同じく、洋介は勉強がさほど好きではなかった。かと言って、多くの彼らと同じように遊ぶことが出来ずにいた。
駅のすぐ横の踏み切りがなる。
どうやら登りも下りも来るらしい。
目の前を多くの人が通り過ぎて行く。
ホームの所ですれ違う二つの電車から一息に人が吐き出されて人々が家路を行く。
その波に乗り自分もあの中に紛れようかと思うものの、家に着いてからのことを考えるとやはり相変わらずに人の流れを眺めていることにした。
不意に後ろの方で耳障りな音がした。
きっと駐輪場に駐めてある自転車が自転車が倒れたのだろう。音からすると将棋倒しになったと思えて、洋介は手伝うことにした。
その駐輪場は駐輪場といっても、別に金を取るわけでもなく市が余った土地を自転車置き場としてアスファルトを敷いて、白線の囲いを引いた簡素なものだった。そのため利用者がいなければ無人で今この時もそうだった。
駐輪場はとなりの雑居ビルの影が落ち薄暗く、その奥まったさらに暗いところで自転車が数台倒れているのが見えた。どうにも倒した犯人は放って去っていったようだった。
洋介は少し不満を覚えつつもよくあることだと割り切って自転車を起こそうと近づいた。
そこで自分が思い違いをしていたことに気づいた。どうやら犯人は逃げたのではなくコンクリートの壁を背に座り込んでいたため、見えなくなっていた。男はぐったりとして下を向いて顔は伺いしれない。
洋介は心配になってその男に声をかけるが、男は大丈夫だ、直ぐになんとかなるとか言ったがどうやら倒した自転車を起こす気は無いらしい。
酔っ払いだろうか?洋介はそう思うと関わるのが面倒に思えたがここで何もせずベンチに戻るのも間抜けに思えて、自転車を起こすことにした。
洋介が自転車を立て起こしている間、男は洋介に度々話しかけてきたがどれも他愛もないことで洋介は適当に返事をしては直ぐにそのことを忘れていった。それほどまでに当たり障りのない話をしていた。しかし、そろそろ終わろうかといった所で奇妙な言葉が飛び出てきた。
「魔王にならないかい?」
洋介はその問いにびくりと背中を震わせた。
今迄どんなことを話していただろうかと考えるもどうにもそんな頓狂な問いとは関係ある話はしていなかった。藪を突いたら鯨でも出てきた面持ちだった。洋介はきっと男は冗談を言っているのだと思って、自分もそれに乗っかることにした。
「それは魅力的だな。なれるものならなってみたいものですね」
最後の自転車を起こすと手を軽く叩いてそう返す。男は嬉しそうに声を出す。
「それは重畳。ではお願いするよ」
その言葉に思わず男の方を見ると、目の前に黒いスイカほどもあるアメーバが迫ってきていた。