第1章
合宿当日。
時間は早朝4時半。太陽が社畜と化すこの時期も流石に残業明けはきついのだろう、出勤に向けまだ涼しい時間帯。蝉の野外ライブもまだ開演前の駅に向けての住宅街は静けさすら感じる。
この日のために買ったばかりのブルーのギンガムチェックのワンピースを着て、梓は綾菜と共に待ち合わせ場所へ向かおうと、少し早めに家を出て駅までの道を歩いていた。途中、同じく駅に向かうところの中崎に出会い声をかけるが、イヤホンで音楽を聞いていたのか気付かれなかった。
「春真くん、おはよう」
一向に気付かれないことにしびれを切らした梓は、後ろから肩を叩いた。中崎は振り返り、己を叩いた人物が梓だと確認すると、ほっと一息をつく。
「……!! あぁ、おはよう。神崎」
「一緒に行ってもいい?」
梓が首をかしげながら懇願すれば、「……好きにすれば」とそっけない返答が返ってきた。
「うん、好きにする!」
「…………」
「あ、ねぇ! この前書いてた小説の続き出来た?」
梓が中崎の横に立つとお前と話す気はないと言うかのように再びイヤホンを耳にはめようとするが、梓が話しかけてきたので一つため息を零しそれをポケットの中へとしまった。
「いや、まだだけど」
「そうなんだぁ。どんな話になるんだろう! 私春真くんのファンだから楽しみだな!」
「あれは、発表しないやつだし」
"発表しない"つまり、それは文芸部が出している文芸誌に載せないということに驚いた梓は肩を落とす。新作を書いていると知った時から楽しみにしていたのだ。
「え、しないの? 残念だなぁ」
「……そういうお前は?」
「え?」
「お前は、書かないの?」
「……最近、スランプなのか全然書けないんだよね」
「……あっそ。まぁ、ミジンコくらいには楽しみにしてる」
「ありがとう……って、ミジンコ?」
「お前、アイディアはいいのに文才ないじゃん。もったいない」
「へーへー私には春真くんみたいに文才ないですよーだ。もうアイディア一個100円で売ろうかな……」
いじけながら目の前に転がっている石を蹴っていく梓。
「一銭なら買うわ」
「泣いてもいいですか」
「置いてくけど」
「わー!!待って!置いてかないで!」
「冗談だよ」
「……ったあ……」
本気で置いていかれると思った梓は蹴っていた小石に足を踏み外して転んでしまう。それを見て吹き出ししまった中崎は笑いながら手を差し伸べる。
「お前、ほんとバカだよなぁ」
「……うるさいなぁ、もう」
転んでしまって恥ずかしいのと、いつも冷たい彼に手を差し伸べられたことによるもどかしさで耳まで真っ赤になっているのを隠すように、梓はそっぽを向いてしまう。
「おーい!あずさああ!!」
そんなこんなでいつの間にやら駅に到着していたようで、改札に続く階段のところで待っていた綾菜が大きく手を振っているのが見えた。
梓は小走りで綾菜の元へ駆け寄ると数年ぶりの再会と言わんばかりに彼女から熱い抱擁を受ける。
「3日会えないだけでこんなに寂しいとは思わなかったよ」
「大袈裟だなぁ、綾ねぇは」
「!……あれ、中崎も一緒だったんだ」
梓に抱きつき、後ろに立っている中崎に気付いた彼女は嫌みたらしくそう告げる。
「あぁ、村尾先輩だったんですね。神崎で見えなかったです」
目には目を、歯には歯をと言わんばかりに、嫌味には嫌味を。
「ほほぅ、それは私が小さいと言っているのかな?クソガキよ」
「いえいえ、先輩としての威厳が皆無なので全く気付きませんでしたって意味ですよ。誰も先輩がチビだなんて言ってません」
「言ってんじゃねぇかよ!どうせ私はお前らみたいな巨人兵と違って小さいんですよーだ」
「そういうところもガキみたいですよね」
このままでは電車に乗り遅れると瞬時に思った梓は二人を宥めることに。
「まぁまぁ二人とも、電車来ちゃうよ」
梓にしか興味がない綾菜は、梓が密かに思いを寄せている中崎があまり好きではない。そのため、顔を合わせればいつもこの有様である。
「梓が言うならしょうがないわね。行きましょう」