プロローグ
私ね、小説家になるのが夢なんだ。どんなに苦しいことがあっても、紙とペンがあればその中は私の思うままに世界が動く。血に塗れた残酷な世界にするのも、愛が溢れた世界にするのも思うがまま。……こんなことが、紙とペンがあれば出来るって凄いと思わない!?
彼はつまらなそうにふーんとだけ言ったけれど、彼もまた同じ夢を目指していることを私は知っている。
夏休み目前を控えたこの季節、太陽はせっせと地面を照らす仕事に励んでいる。太陽にも休暇をと一度は思ったことだろう。蝉も期間限定の野外ライブに大忙しだ。
「夏休みどこ行く?」
「亜未ん家、別荘持ってないの?」
「一応あるけど、ほとんど埋まってると思うな。聞いてみるよ」
「普通にカラオケでいいんじゃないの、涼しいし」
「夏休みなんだから海行こうよ海!」
「そこは、山でしょ」
「どっちでもいいよ」
夏休みの予定を立てている彼らは、名ばかりの文芸部に所属している。なぜ、名ばかりかといえば実際に文芸部の活動をしているのは2~3人しかおらず、その他の部員は部室にゲームや漫画を持ち込んで遊んでいるというのが現状で、今回の夏休みに行う合宿も合宿とは名ばかりの旅行に過ぎない。
「亜未、どうだった?」
肩まで伸びた黒髪を二つに結い、頬杖をついている彼女は神崎梓。文芸部の部長でこの合宿を発案した人物。
「うちが所有してる無人島の別荘なら空いてるって。ただ、小さいからね」
「さすが亜未!」
小島亜未。腰まで伸ばした茶髪でくせ毛で毛先が緩くウェーブしている。父親が起業していて裕福な家庭で育っているが心臓に持病を持っているせいか、家族と上手くいっていない。
「でも良く借りられたね?」
小柄な少女が、亜未に問いかける。
「あぁ、なんかもう何年も使ってない別荘なんだって。毎月使用人が掃除してるから綺麗だけど来月売り払う予定だから使っていいって」
「そうなんだ」
亜未の言葉に相槌を打った小柄な少女は、亀野里絵。所謂高校デビューした子で明るめの茶色に髪を染めたショート、前髪をピンで留めている。制服を着崩していて格好が少し派手。ミーハーでクラスの女子と上手くいっておらず、最近は部活にしか顔を出していない。
「小島の家の別荘で合宿するのは分かったけど、無人島なんだろ?どうやって行くんだよ」
眼鏡をかけた少年が尋ねれば、亜未はあぁ、それならとスマホから目をそらすことなく続ける。
「自家用クルーズで送ってくれるみたいだから、集合場所は後でメールするよ」
「……お前ん家なんなんだよ」
眼鏡の彼は、中崎春真。前髪が長く眼鏡をしているためあまり表情がわからずいつも猫背なため、周囲からは根暗なのではと噂されている。が、友人の選定基準は自分に有益な人間であるかないかと、少々傲慢な性格。梓曰く、根は優しいらしい。
「普通だってば」
家の話をすれば決まった反応がいつも返ってくるのだろう、亜未はうんざりしたようすでそう答えた。
「いやぁ、さすが小島さんだね」
まるで制服姿がサラリーマンの男が賞賛の声をあげる。
「私が凄いんじゃなくて、父さんが凄いだけだよ」
「いや、そうだけど」
決してサラリーマンでない彼は永見隼人。前髪パッツンでおかっぱというなんとも珍妙な髪型をしているが誰にでも優しいためモテる。梓達と学年が一つ上で、里絵の恋人となっているが、実際は前の彼女と別れたいがために里絵と付き合った。彼女のことが本当に好きなのかは謎。
「楽しみだね、梓」
梓の横に座っているショートボブで眼鏡の少女が話しかける。
「これで部活してくれるともっと楽しみなんだけどね」
「そうだね」と、少女は苦笑い。
「綾ねぇもその中に入ってるんだけど」
「さぁ、なんのことかな?」
村尾綾菜。彼女もまた学年が一つ上。梓とは中学からの付き合いで、いじめられていた梓に手を差し伸べて以来懐かれてしまい姉のように慕ってくれる梓を大事にしている。
「あずさ〜!まじで、俺も行かなきゃダメ?」
合宿に一人反対していたボサボサ頭の少年。机に顔を伏せ梓に懇願している。
「ダメ。山倉最近ずっと部活に来ないんだから合宿くらい来てもらわなきゃ困る」
「俺、その日は死んだばぁちゃんの一回忌があって……」
目をそらしながらボソボソ声で話す声に「嘘でしょ?」と一刀両断。
「はい、嘘です。ごめんなさい」
山倉翔。サボり癖がありまず、部活には顔を出さない。部活に来てもずっとゲームしていて梓を困らせている。
「…………」
そんな様子を横目に不機嫌オーラを醸し出す中崎。彼のことなど気にも留めない様子で梓達は山倉を弄って遊んでいるが一人だけ彼の異変に気付いた者がいた。
「おやおや、中崎氏。こころ穏やかじゃないという感じですな?」
髪を肩ぐらいまで伸ばしそれを無造作に結んだだけの髪にいつもヘラヘラしていて何を考えているかわからない。しかし頭の回転は早くどんなことでも一生懸命が彼のモットーらしく自由に生きるその様に中崎も尊敬していた。
「何が言いたいんっすか」
「いやいや、小生はただなにをイライラしているのかと興味本位で聞いたまででありますからなぁ」
「ってか、その喋り方なんっすか」
「いや、文芸部だから文豪風で行こうかと。変?」
「大田先輩はいつも楽しそうですね」
「それが俺の取り柄だからね」
大田。年齢不詳の18歳。綾菜たちと同級生だが、もっと前から学校に在籍しているとかなんとか。とにかく謎が多い人物。
「別荘はいつから使えるの?」
「明日からで大丈夫だって」
「じゃあ、三日後から一週間の合宿でどうかな?食材の手配は亜未大丈夫?」
「うん、運んで置くよ」
「じゃあお願いね。ということで、三日後小島家所有の港に朝十時集合ね」
今日は解散!の部長の一言でそれぞれの帰路につく。彼らはまだ知らないのだ。これから起こる悲惨な7日間を。