甘い魔法
ちゃぷちゃぷと水の波紋が風呂の縁にあたって弾けては沈む。水が波打つのはただでさえ狭いというのに無理矢理に二人、中に詰め込んでいるせいだ。お湯が熱いのか身体中がかっと熱くなり、心臓は早鐘を打っている。背中にはお湯とは違う鼓動を感じる熱が密着し、彼女が息を吸い込み身体をこちらに押し付けるたび、心がどきりとして止まらない。
「ねえ、こっち、絶対に見ちゃだめだよ。」
不意に鼻歌を歌っていた彼女が口を開く。お風呂場に彼女の言葉が広く響いてビクリとして僕は言った。
「わかってるよ…。そんなのわかってる。見れるわけないじゃないか。」
「そう、見ちゃいけないの。」
くすくすと笑いながら彼女は言う。彼女の口から聞こえる言葉の一つ一つが甘く、詩の調べを聞くように、どこか惹きつけるような、そんな魔力の持った声で彼女は紡ぐ。
「ね、わかる?私の音。聞こえる?こんなにドキドキしてる。いいよ答えなくて。そんなの解りきってることだもん。そうでしょ?私も聞こえる。貴方の音。私と同じくらい早くて……似た者同士同士だね。私達。」
彼女は確認するように、そしてそれを噛み締めるように、大切に言う。
「似た者同士なもんか。少なくとも一緒にお風呂に入ろうとか、そんな事言わないよ。」
「変なことじゃないじゃない。昔はよく一緒に入ったでしょ?」
「昔の話だろ!?お互いにもう子供じゃないんだよ!」
どこか遊ばれているような気がして、上手く言い返せない僕は噛み付くようにして怒鳴った。
「今と昔で何か違いがあるの?」
背中合わせの彼女の顔が、ニタニタと意地悪い顔になってるのが容易に予想ができる。
「いいじゃない別に。そうでしょ?貴方も私も、多分これからもずっと一緒だもの。」
僕は何も言い返す文句が見当たらず黙ってしまう。彼女の言うとおりだ。多分、これからもずっと、僕と彼女は離れない。互いに互いを求めて結びつく。水が大きく波打ち、バシャリと跳ねる音と共に、彼女が立ち上がる。つい、何事かと首を捻って後ろを見ようとしてしまう。
「ダメ。」
彼女はそう言って僕の顔を両手で抑えて言う。するすると手は顔から落ちて肩に掛かり優しく僕をギュッと抱いた。もう心臓が爆発しそうだ。ドキドキと耳に届くまで五月蝿く鳴り響いている。自分の顔はざくろみたく真っ赤になってるに違いない。
「大好きだよ。」
耳元でささやかれる。
「私は貴方のことだーいすき。あ、愛してるって言い換えてもいいよ。」
躊躇うこと無く、彼女は言う。
「ねえ、何か言ってよ。」
ねだるように、腕の力を少しだけ強くして。
「あゝ!勿論僕も君のことが好きさ!大好きさ!愛してると言って過言じゃない!どうだ?これでいいだろう!?」
なかばやけくそな返答だが、それでも言えることは言った。彼女と同じ事しか言えないことが少し癪だけど、それでも言ってやった。
「ふふ、よく出来ました。……ねえ、こっち向いてもいいよ?」
なんてことを言う彼女。そんな事出来るわけ無いと言ってやると、彼女は、ならこっちを向かせてやる、そういって抱きしめる腕を解いて無理やり顔を向かせる。
「顔…真っ赤だね。」
当たり前だ。彼女の双眸が僕を縛り付けるように離さない。
「お互いに思いを打ち解けたご褒美。」
目を見開く。時が止まり頭が真っ白になって何も考えられない。
「そうだ。お風呂上がったら、また、子供の時みたいに一緒に寝ない?」
小悪魔のような微笑みを浮かべた彼女が、甘い唇を操り魔法のような言葉を言う。
「好きにしろよ、もう。」
何時も彼女が僕より一枚上手だ。今も主導権を握られている。だからやり返してやろうと──
「っ!?」
微笑みを浮かべる彼女にこちらから、キスをしてやった。
──fin