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恋人はゲームの住人(仮)

私の彼はゲームの中に

 小柳奉(こやなぎ まつり)の親友、高遠光南美(たかとお みなみ)は完璧だった。

真っ直ぐに伸びた長い髪の上部を後ろで結び、大きく開かれた力強い瞳は、強さと優しさを兼ね備えている彼女の内面を上手く映し出している。

可愛いけれど着る者を選ぶ我が校の制服を、誂えたかのように着こなし、成績は常にトップクラス、運動神経も良く、教師からの期待も篤い、と既に全てを兼ね備えているのだが、それに甘んじず、尚一層の努力を続ける彼女は、周囲の人間にとって特別な存在となっていた。



「……はあ……」


 自室の机にある小さめの鏡を覗き、奉は深い溜息を吐く。

おかっぱ、という言葉が合いそうな焦げ茶色のボブヘアーに、一重瞼の付いたやや小さめの黒い瞳。

親友の姿を思い出すと、己の平凡そのものの姿が切なく感じる。

いや、平凡ならまだ自信が持てる。

成績も中の下、運動神経も下から数える方が早い、そんな競争社会での冷酷な判定に奉は心を打ちのめされていた。

そして、自分とは不釣り合いに完璧な女性が親友として慕ってくれる現状に喜びよりも当惑する気持ちが大きい。


* * *


 親友との出会いは入学当時、既に学年代表として活躍していた彼女が教師に頼まれたであろう膨大な紙の山を抱えている所に出会し、声を掛けた事だった。


「……重そうだね、半分持つよ」


 群衆が素通りする中、奉は同じクラスになったばかりの女性が資料に押しつぶされんとしている状況を見捨てられず、荷物へと手を掛ける。

少々世俗に疎かった奉は、彼女の完璧すぎる能力の為に周囲の大半は遠巻きに見ている事しか出来ずにいる現状を知らなかった。

知っていれば、恐らく周りと同じ反応をしたであろう事は、自分の消極性をよく把握している奉には容易い事だった。


「有り難う!ちょっと重すぎてどうしようかと思ってたの!」


 光奈美は人好きのする笑顔を奉に降注いだ。


 それ以来、何かと光奈美は奉の元へと通うようになった。

仲良く会話する不釣り合い二人に外周の人間は疑問を感じ、奉の耳に光奈美の完璧さを伝え出す。

噂を知った奉の心には優越感と劣等感が波のように交互に押し寄せ始めた。

それとは異なる不安も頭を過ぎる。

 この完璧な女性は、自分の平凡以下の価値を知った時、親友でいてくれるのであろうか。


* * *


「……私がもうちょっと、出来の良い人間だったらな……」


 そんな不毛な考えに陥ってしまう自分が、余計に虚しい。

奉は低落する思考に頭を振り、手元の携帯ゲーム機に視線を向けた。


「……衛君、こんな私でもいい?」

「愛してるよ、奉」


 衛と呼ばれたその男は画面の中央で満面の笑みを浮かべていた。



 奉の通う星奉学園では、とある乙女向け恋愛ゲームが流行している。

『琥珀色の囁き』というタイトルのそのゲームは大分昔に作られたらしく画像は少々荒いが、登場するキャラクターの魅力とそれに付随するストーリーの奥深さに熱狂する女性が急増していた。

ゲーム機を持ち込む生徒が急増し、教師の話題となっているという話を光奈美から聞き、奉はその存在を漸く知った。

奉は己の不器用さを熟知していたので、ゲームという物にはあまり興味がなかったが、恋愛ゲームという思春期の心を擽る噂に心引かれ、興味本位で始めてみる。

現実での恋愛に距離を感じていた奉がこのゲームにハマるのは、時間の問題だった。

見事、奉りの心を射止めたのは、橘衛(たちばな まもる)という中性的な少年だった。


 柔らかい、やや癖のある薄茶色の髪に、小動物を思わせる大きな青い瞳。

小柄で柔そうな体躯に相応しく、花や動物を愛でるのが好きで、男友達からもマスコット的存在として人気が高い男の子だった。

 最初はあまり興味の湧かなかった奉だが、話が進むに連れ、表面では気にしていない風を装う衛が実は男らしくあろうと影ながら努力する姿に、心打たれ始めた。

そして時折、真剣に的外れな努力をする彼にハラハラさせられ、見守る心が恋に変わっていった。



「……衛君が実在してたら、もうちょっと変われたかな……」


 奉は突拍子もない己の発言に苦笑いを浮かべ、画面の向こうで微笑んでいる愛しの彼の額を突いた。


* * *


 日が西の大地へと沈みかけ赤い光が辺りを覆う時刻、通い慣れた通学路を親友である光南美と共に歩いている。


「だから、奉はもっと自分の良い所を見なきゃ」

「そんなの、無いってば」

「そんな訳無いよ、もっと自信持たなきゃ」


 光南美は奉の消極的な態度に不満を漏らす。

光南美の気持ちは嬉しいが、どうやっても自分の良い所が見つからない奉にとっては、難易度の高い要求だった。

そんな奉の態度に憤りを感じつつ、光南美は軽く左右に頭を振った。


「……謙虚なのは奉の良い所でもあるけど……もうちょっと主張しないと」

「……迷惑掛けて、ごめん」

「いや、そーじゃなくて……」


 奉も、光南美の意見も理解は出来る。

だが、自分のような何の取り柄もない人間が主張をした為に周りから敬遠されるのではないかという恐怖が襲う。

 放課後に、掃除当番の交代を頼まれる事は、よくある出来事だった。

初めのうちは本当に急用が入り頼まれる事が多かったが、断れない奉の性格を把握したクラスメイト達は事ある毎に依頼するようになり、更に増長し、教材運びや行事の集会などにも応用されていった。

理由も重要性を帯びるものは少なくなっていた。

-----友達と寄り道したいから、早く帰りたいから、面倒だから。

奉は便利屋よろしく扱き使われ、それを手伝う光奈美にも迷惑を掛けてしまっている事は申し訳ない気持ちで一杯だった。

今日も、掃除の交代をさせられていた奉を光奈美が手伝い、少々遅い帰宅になる。

 奉からの、求めていた言葉と異なる言葉に、光南美は深い溜息を吐いた。


「……じゃ、また明日ね」

「うん、バイバイ」


 それぞれが自宅へ帰るには、通学路の半分辺りで別々の道を歩く事になる。

少々気まずい雰囲気を残しながら、二人は別れを告げ、各々の道へと歩を進ませた。

落ち込んだ気分も手伝って、奉は衛に会いたい気持ちを深める。

奉は、誰にも見つからないように常備していたゲーム機を開き、衛に話し掛けた。


「……衛君、今日もステキだね」


 画面には、いつもと変わらない微笑みを返してくれる衛がいる。

その表情と言葉の変化の少なさが、今日は妙に寂しい。


「……ねえ、何か、違う事言ってよ」


 奉は、光奈美に言われた自己主張をゲーム機に向かって叫ぶ。

通る筈のない主張だと分かってはいたが、言葉が止まらない。


「……私の良い所って、どこ?!ねえ、教えてよ……!!」


 奉の叫びに衛は答える事もなく、言葉は虚空へと消え去っていく。

奉はいつの間にか溢れ出していた涙を気にも留めず、ゲーム機を顔の側に押し付けた。



「……衛君、ゲームから出てきて、私の側にいて……」

「その願い、叶えてあげようか?」


 誰もいないと思い衛に話し掛けていた奉は不意に掛けられた言葉に仰天し、声のした方角へと顔を向ける。

人気のない住宅街の十字路に、少し長めの黒いレイヤードカットに、黒を基調としたスーツ姿の男が夕日の赤みを帯びた光に照らされて佇んでいる。

細身の長身から、ヒョロッとした印象を受ける、切れ長の眼をしたその男は微笑みながら奉の元へと歩み寄った。新手の宗教勧誘かと警戒した奉は、身構えながら男の様子を凝視する。


「そんなに警戒しなくても、唯、橘衛をこっちの世界に連れてきてあげようかって話だけだから」


 奉がいまいち男の言葉を理解出来ていなかった事を察するように、男は再度、提案を持ちかける。


「……そんなコト出来るの?……貴方は誰?」

「唯のモブキャラだよ」


 訝しげに見詰める奉に、男は爽やかな笑顔を向けた。




 男に誘われ、奉は近所の小さな公園へと移動する。


「つまり、こっちの世界もゲームの中だから、データを転送させればいいんだよ」


 男が言うには、こっちの世界も、『桜色の思い出』という恋愛ゲームだそうだ。

『琥珀色の囁き』でも『桜色の思い出』は大人気で、衛もそのファンの一人との事だった。

しかも、衛も奉にハマり、『桜色の思い出』と『琥珀色の囁き』の共通のモブキャラを担っており別の世界の住人でもある男に、是非に奉の世界に行きたいと訴えていたと言う。


 自分の世界がゲームの中などという、突拍子もない発言と、衛が自分を気に入っているという都合のいい話に奉は混迷し、公園のベンチに座り小型のキーボードの付いたタブレット型端末装置を弄っている男を見据える。


「……何言ってんのって顔だね。んじゃ、証拠を見せるから、そこの木を見ててご覧」


 男は体を斜めに捩らせ、ベンチの上で備え付けのキーボードを叩き出す。

言われた通り木を見ていた奉は、思わず声にならない悲鳴をあげた。


「……う、動いた!!」


 目の前に有った筈の、大きめの常緑樹が一瞬のうちに消滅した。

消滅というよりは、その場所には木という存在が始めから無かったかのように、平らに均された地面だけが存在していた。

その場所から1メートルほど離れた場所に、先程の木とそっくりな木が出現している。


「データを書き換えてあそこに有った木を移動させてみました〜。どう?少しは信用出来た?」


 男の話の信憑性が高くなり、奉は狼狽えながらも期待に心を躍らせ始める。


「君が了承してくれないと、こっちに来れるのを期待してる衛君に申し訳ないな〜」


 態とらしく手を額に当て、苦悩の姿勢を取る男の言葉に奉の心の不安は減少し、その提案を承諾した。




 男は体を斜めに捩らせ、ベンチの上で備え付けのキーボードを叩いている。

奉の心は期待に満ち溢れ、逸る気持ちを抑える事で一杯一杯だった。


「……っと、よし!データを可能な限り圧縮したからすぐに来るよ」


 キーボードを叩き終えた男は、近くの場所を指差す。

転送座標をその場所に指定したと告げられ、とにかくそこに衛が来る事を把握した奉は、まだ何もない空間を一心に見詰めた。

その刹那、空間が渦を巻いて歪み始める。

そこには無かった色相が徐々に現れ始める。

そして------


 そこには、色の付いた四角い物体が集まった塊が出現していた。


「アイシテルヨ、マツリ、アイシテルヨ……」


 四角い物体が、聞き慣れた声で片言の言葉を発する。

その声は、衛が言語を発する音色と同じものだった。


「ま、衛君?!!!」


 我を失っていた奉は漸くそれが嘗て衛という人間であった事に気付き、物体に駆け寄る。


「ほ、本当に、衛君なの?!どうして……どうして?!」

「アイシテルヨ、マツリ、アイシテルヨ……」


 物体はそれに答える事も無く、感情の伴わない愛の言葉を呟く。


「ね、ねえ!これはどういう……!!」


 男に詰め寄ろうと奉は後ろを振り向く。

が、既に男の姿は無く、誰もいないベンチを風が通り抜けた。


「いやああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」


 奉は感情の赴くまま奇声を発し、地面に蹲る。

そんな状況を察する事も出来ない衛だった物体は、譫言を繰り返していた。



* * *



 コンクリートの灰色に覆われた大きめの部屋に、パソコンが置かれた作業机が規則的に並べられている。

人気のないその場所へ帰還した男はパソコンのモニターを眺めながら、己の知識を一つ増やした事に充足感を感じていた。


「へえ。圧縮すると、あそこまでおかしくなるんだ」


 男は罪悪感の欠片も無く、楽しそうに結末を眺めている。


「……まあ、圧縮しなくても転送出来たけど、似たようなモンでしょ」


 『琥珀色の囁き』が出来たのは、『桜色の思い出』の十年以上前-----つまり、グラフィック技術の差は歴然だった。

圧縮しなくとも、『桜色の思い出』に移動した『琥珀色の囁き』のキャラクターの不自然さは、火を見るより明らかだ。


「それなら、素早く転送出来た方が良いしね。あ〜俺って親切〜♪」


 男は、意地の悪い笑みを浮かべ鼻歌を口遊みながらモニターを消し、手元のゲーム機を操作し始める。

「……次は、このコにしようかな」


 男は口角を上げ、この世のものとは思えない、先程より更なる不気味な笑みを漏らした。

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