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トレーディングカード

 見知らぬ青年が助けを求めています。協力しますか?


  はい

  いいえ




 >はい


「ありがとう。君は恩人だ」


 青年の後を着いていきます。人気のない森の奥まで歩きました。

 青年が振り返って微笑んでいます。


「ここまで来てくれて本当にありがとう。さよなら」


 青年の手にはいつの間にか刃のないナイフが握られています。いえ、刃がないのではなく見えなくなっています。遅れて腹部が言葉に出来ない程の痛みに襲われます。


「こんな簡単に引っかかってくれる奴は初めてだ。身ぐるみ剥いだら野晒しにしといてやるから安心しな」


 青年の笑い声が遠くから聞こえてくるなか、自分の意識はなくなっていきました。






 GAME OVER


 ゲーム画面では8つのアルファベットが点滅していた。

 安易に頼みごとを聞くなという虫の知らせか?

 そう思えるタイミングだ。さすがに人生バッドエンドは遠慮したい。


「これ何?」


 ……最大の懸念対象本人が目と鼻の先にいるんだけどな。

 日も高く昇った休日の午前中。インターホンに促されてドアを開けると、押し売りも真っ青な速さで部屋に入ってきた不審者、ジューエ。

 追い出そうにも素早い身のこなしでこちらの妨害を避けるので、渋々部屋にいることを許可した。

 そして今現在、俺の隣でゲーム画面を食い入るように凝視している。


「バッドエンディングに定評があるサディス社で発売された『サイレントハザートの夜に』、謎解きゲームだ」

「謎解きゲーム?」

「こうやってヒントを探してそれを元に推理して真相に近づくんだ」


 ボタン連打しながら解説する。

 ちなみにサディス社のゲームは予測できない展開で有名だ。さっきのはゲーム最初の選択肢なのだ。初めから死まっしぐらのルートがあることからもよくわかる。

 ゲームの話にジューエは顔を輝かせていた。


「……やってみるか?」

「もちろん!!」




 結果から言うと、ジューエはサディス社の思惑に嵌った。

 次々起こる凄惨な事件、理不尽なまでのルート量、格ゲー並みの反射神経を使う選択方式、そして誰しも持っている人の暗部を丁寧に描いたストーリーパート。


「なにこれ!? ちょっ、やっ!」

「怖い怖い怖い怖い怖い! 追いかけてくるなああああ!」

「見捨てる。突き落とす。なじる。……まともな選択肢が一個もない…だと?」




 2時間後、部屋の隅に膝を抱えてうずくまる茶髪の姿があった。

 さすが、レビュー欄が阿鼻叫喚だっただけのことはある。今年のトラウマゲームランキング優勝候補の称号は伊達ではない。

あんなになりながらも2章まで進めたジューエはすごいのかもしれない。最終章までやったらどんな風になるのか気になってきた。ちなみに、全部で30章ある。


「お前の忍耐力はその程度だったのか? 最後までやるんじゃなかったっけ?」

「ぐっ」


 やばい。こいつ面白い。


 負けず嫌いなところを突くことでジューエはホラーゲームをやめるにやめられない状態になっている。涙目になりながらコントーローラーを握る姿は吹き出すのを堪えるので精一杯だ。


りーんりーんりーん。


「あっ。探知機に反応が。ザンネンダケドイカナクチャ」


 ちっ。嬉しそうな顔してやがる。






「ここはどこだ!? 兄ちゃん達はだれ!?」

「あー。説明が面倒なんだけど」

「いや、いい! 俺達にはこれさえあれば言葉なんていらない! さあ勝負だ!」

「聞いてきたのはお前だろ」


 いかにも熱血系の少年が堂々と掲げているのはカード。1袋285円で売っている有名なトレーディングカードゲームだ。小学生の頃はお小遣いもらってよくやってたな。


「まだあのカード流行ってたのか、じゃなくて。

 ジューエ、こいつこの世界の人間みたいだぞ。多分近所の悪ガキかなんかだろう」

「おいっ! 早くデッキを出せ! もたもたしているならこっちから宣言するぞ!

 BFバトルフィールド解放!!」


 周囲の街並みが瞬く間に白に染め上げられる。同時に俺達と悪ガキの前にカードを置く台が出現した。これはあれだな、そんな技術があるのに他のになんで使わないんだと定評があるカード実体化空間。


「地球ではこのゲームが流行ってるの? サブカルチャー系はあんま調査してないからわからないけど、遊びに凄まじく力を入れてるね」

「……日本がサブカルチャーに偏ってるのは認めるが、さすがにここまでじゃない」

「さあさあ早く始めようぜ! 初対面にはまず対決を行う、一般常識だろ!」

「どうする、田木。カードなんてもってないよ。そもそも対決なんて何すればいいの!?」

「はぁ。仕方ない、付き合ってやる。デッキセット!」

「なんで当然のごとく持ってるの!? もしかして本当に一般常識なの? 僕の世界がマイナーなの?」

「先行はそっちからでいいぞ。ブランクあるからと言って年下に負けるつもりはない」

「大した自信だな、兄ちゃん。でも、俺は世界ランク一位を目指しているんだ。だから勝って勝って勝ち続けるんだ!」

「無視!?」

「「バトルスタート!!」」


 戦いの火蓋が今、切って落とされた。






「18ターンを終え、田木のライフカードは1枚、さらに場には壁にもならない3体の雑魚モンスターと最悪の状況。対して、相手はライフカードを3枚も残しており、場には設置カード『針人形の呪い』を発動している。効果はターン終了時にそのターンに破壊されたライフカードの枚数分、相手のライフカードを破壊する。

 絶体絶命の田木! この状況をひっくり返して勝利をもぎ取ることができるのか? 決して負けるわけにはいかない勝負! 頑張るんだ、田木! 死なないで、田木!

 次週、『田木、死す』 来週もBFバトルフィールド解放!!」

「ノリノリだな!」


 サブカルチャー系わかんないっての嘘だろ。やたら流暢な解説で、特に最後のほうとか某アニメに酷似している。


「茶髪の人には応援しているとこ悪いけど俺の勝ちは揺るがない。

 来い!! 俺の相棒『炎の翼竜プロミネス』!!」


 悪ガキは今しがた引いたばかりのモンスターカードを召喚する。実体化して現れた巨大なドラゴンが辺りに熱風をまき散らす。

 ちっ。デステニードローか。召喚したモンスターといい引きの良さといいますます主人公っぽいな。だがな、


「俺はこのデッキで負けるわけにはいかないんだよ。ドロー!

 設置カード『新米の特攻』を発動。これにより俺の場のモンスターカードの攻撃力が2倍になる」

「そんなことしても3体の攻撃で『プロミネス』をかろうじで倒せる程度。もし、倒したとしても『針人形の呪い』がある限り、3枚のライフカードを1ターンで全てを壊さなきゃ、兄ちゃんに勝ち目はない!」

「そうだよ。田木の手持ちは2枚しかない。どうやったって無理だ!」


 そうだ、普通なら無理に決まっている。誰だってそう思うだろう。

 俺はニヤリと笑った。悪ガキがビクっと体を震わせる。フフッ驚くのはこれからだ。


「デステニードローが自分だけの特権だと思うなよ! 俺はこのターン引いた速攻カード『サクリファイス・ワールド』を発動する。このカードの発動条件は手持ちのカードを全て捨て、ターン終了時に残りのライフカードを破壊すること」

「な、なんだって!? つまり―――」

「このターンで全て決まる、か」

「行け! 『炎の翼竜プロミネス』に一斉攻撃!」


 紅いドラゴンが最期のあがきに耳をつんざく雄叫びをあげ、俺のモンスター共々消えていった。これで互いの場にモンスターカードはなくなった。


「だがな、俺のターンはまだ終わってない!」

「っ!? でも、兄ちゃんにはモンスターも手持ちのカードもない。次の俺のターンでモンスターを召喚して攻撃すれば……」

「『サクリファイス・ワールド』の効果の説明をしてなかったな。このカードによりこのターンに破壊された自分のモンスターを再度召喚し攻撃することができる」

「これを狙っていたのか。なんて奴だ」

「モンスターは3体、ライフカードも3枚。これで終わりだ!」

「うわあああああああ!!!」


 悪ガキの絶叫が止んだときには、すでに周りの風景は元に戻っていた。


 うん、テンションがおかしくなっていたのは認めよう。ただ、トレーディングカードゲームやっていたいち男子としては夢のようなシュチエーションだったから。

カードが実体化するなんて卑怯だ。






「全ての事柄をカードゲームで決める世界ね~。ある意味、究極的な交渉の一元化ってことになるのかなぁ」

「国同士で対立しても」

「BF解放!! でなんとかなる。負けたら相手の要求を飲まなくちゃいけないから国のトップはその国で一番強いカードゲーマーなんだ」

「悪ガキはそれを目指してるのか?」

「悪ガキゆうな! 俺は国一位じゃなくて世界一位なるんだ! 兄ちゃん達も覚えとけよ」

「まあ、もう二度と会わない確率のほうが高いんだけど」

「じゃあ、夢あふれる悪ガキにはこれをあげよう」

「悪ガキゆ……スゲエエエ!? これはレアカード『炎龍の住む世界の果て』!? こんなすごいカードもらっちゃっていいの?」

「ああ。俺のデッキには合わなくて余らしてたものだ。『炎の翼竜プロミネス』との相性も良いはずだ」

「ありがとう、兄ちゃん! また、勝負しような! 今度はゼッタイ勝ってやるからな!」


 手を千切らんばかりに振りながら悪ガキは元の世界に帰っていった。


 悪ガキが消えていくのと同時に異世界に繋がっていた暗闇も掻き消える。俺が横目で手を振っているジューエを見ながらさっきから考えていたことを頭の中でまとめる。

 今回の件で最終的な決断をしたが、今回のことがなくても同じ結論だったかもな。


「ジューエ、お前の仕事手伝ってもいいぞ」

「えっ。いいの? 随分唐突な返事だけど」

「今回みたいに楽しいのなら大歓迎だ」

「……レアケースだと思うけど、まあいいか。これからよろしく」

「ああ、よろしく」


 がっつりと男の握手を交わす。

 だが、俺はこのとき重要なことを忘れていた。




 異世界は異なる世界だということを。

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