異世界式「お義父さんへのご挨拶」
時刻は良い子はもう寝る時間である10時、突然鳴るインターホン。
ゲーム画面で魔法使いがエフェクトのやたらかっこいい治癒魔法を使っているところでポーズ画面にする。
くっ! なんか嫌な予感が。
「やぁ! こんばんは」
ドアを開けると、3度目の邂逅となるジューエ、その隣には泣いている大柄な男。
嫌な予感が確信に変わった。
今、俺の部屋は気まずい沈黙が流れている。
原因はジューエが連れてきた男。声を押し殺して涙を流す漢泣きを続けていた。
(これはどういうことだ、ジューエ?)
(どういうことだって言われても、見つけたときからずっとあの調子なんだよ)
てことは、あいつも異世界から来たのか。泣きながら世界間移動するとか次元が違うな。
外見は一言で表すならマッチョ。盛り上がった筋肉で服がはち切れそうになっている。そんな人物が涙で目を濡らしている。
似合わないこと、この上ない。
(元いた場所に帰してきなさい)
(面倒は僕が見るから~、飼ってもいいでしょう?
……じゃなくて、まだ道が通じてないから無理。ほっとくわけにもいかないし……)
(知るか。お前の仕事だろ)
(そこをなんとか。助けて、僕ひとりじゃ荷が重すぎる)
ジューエと小声の舌戦を繰り広げていると野太い声が割って入ってきた。
「……申し訳ない。お見苦しいところをお見せした」
威圧感のある声に俺とジューエは思わず背筋をピンッとさせる。うつむいてよくわからなかったけどこのマッチョ、顔に深い傷跡がある。
「ああっ、えっと大丈夫ですか? 怪我してるんですか?」
「怪我? ああこの顔のことは気にするな、もう治っている。
……それ以上にひどい目に会ったしな」
「あの~それはさっき泣いてたことに関係が?」
ジューエさん!? せっかく落ち着き取り戻したのに何言っちゃってんの!
マッチョ、また泣きそうになってるよ!
「いいんですよ!? 無理に話さなくて!」
「うう、実は」
「いやっほんとぜんぜん興味ないですから、ね! ほらジューエもそうだろ?」
「僕は興味あるよ。異世界人の悩み事なんて聞こうと思っても聞けるもんじゃないからね」
「空気を読め!!」
娘が欲しければ私を倒せ!
相手の父親に「娘さんをボクに下さい」と言ったときの王道的な返しだ。マッチョが泣いていた理由はこの一言で表すことができる。つまり、
「結婚するための相手のお父さんを素手で倒さないといけない、ということ?」
「おおむねその通りだ」
「まさに拳で語り合うんだね!」
顔を輝かせているジューエは無視することにして……。
マッチョは恋愛事で漢泣きをしていたのか。似合わねぇ。
そんな荒事で娘の結婚相手を決めてもいいのか、と疑問に思ったがマッチョの世界では常識らしい。現代っ子としては丁重にお断りしたい慣習だ。
「それで負けるとか見た目の割に弱いね!」
「ぐっ」
「……もっとオブラートを五重に包みプチプチ満載の箱に入れた発言をしてくれ」
「割れ物注意のシールは?」
「お値段据え置きで付けておいてくれ」
ってそうじゃない! メンタルが豆腐なマッチョの嗚咽が聞こえてきた。このまま泣かれ続けられても迷惑だしなぁ。
「これからお前はどうしたいんだ?」
「っこ、れっ、からっううう」
「話にならないなぁ。その子との結婚を諦めるのか?」
「そっそそっぅぅそれは、ない」
様子を見る限りそうだろうとは予想していた。が、悲しいことにそんな体育会系恋愛経験などない。どうせ年齢イコール彼女いない歴ですよ。
「ジューエ、なんかいい案ないか? このマッチョの恋愛事情がどうにかなるような」
次点でマッチョが部屋から早く出ていく方法。男三人で一部屋固まるのはさすがに暑苦しい。広めの部屋とは言えマッチョの見事な筋肉美が空間を圧迫している。
悩むそぶりをするジューエ。自分が連れてきただけに責任を感じているのかもしれない。
「恋ってすぐ終わるもんじゃなかったっけ?」
「期待した俺が馬鹿だった」
「告白されて付き合ったはいいけど気づいたら相手が離れていったなぁ。恋ってのはまやかしだよ」
「いい加減空気を読め! マッチョの嗚咽が酷いことになってるぞ!」
「窒素78パーセント、酸素21パーセント、アルゴン1パーセント」
「そっちじゃない!」
こいつは本当に何なんだ? 真面目にマッチョを救う案を出せよ。思い起こせば初めてこのアパートに来たときもおかしかった。ドアの前に座ってるわ、エロ本探しをするわ、警察に電話するのを妨害してくるわ。確かあのときジューエは――。
「そうだ。あれが使える」
「何か、なにかあるのか!? あの糞親父からリリシア・レルランド・シュレイムを取り戻すことができるならなんでもやる!!」
口悪いな。自分のお義父さんになるかもしれない相手なのに。
ここは早く追い出したいから下手につっこまない。相手の女性の名前がやたらラ行に偏ってる事も無視する。
「これさえやればどんな強情で血も涙もない偏屈親父でも必ず成功する。日本ではもはや伝統とでも位置づけるべき、その方法とは……」
「「その方法とは?」」
ジューエ、お前はもう知っている。
「土下座だ」
邪馬台国にも土下座の風習がある程、長い歴史を持つそれをマッチョが習得するには途方もない刻がかかった(10分)。時折弱音を吐いたものの厳しい修行を終えた男は顔つきがガラリと変わり自信に満ち溢れていた。
もうなにも怖くない。
彼はそう言って笑った。痛々しいはずの顔の傷がマッチョの清々しい気持ちを表しているような気がした。
「道が繋がったみたいだから彼を送り届けてくるよ」
「ああ、さっさと行け。シッシッ」
土下座ごときで成功するとは思えないが帰ってくれるに越したことはない。マッチョが成功しようが失恋の上塗りになろうが関係ない。
気を取り直してオサレポーズの魔法使いが映し出されているゲームを握り直す。
「そうだ、田木。僕等、調査員の協力者になってよ」
「はあ? 何言ってんだ」
「今すぐに返事をくれとは言わない。でも、田木の対話能力を買っているのは覚えておいて欲しい。さっきとこの前の翼の生えた幼女の件については田木がいなかったら面倒くさいことになってた。
これでも心から感謝してるんだ。ありがとう」
感謝の言葉だけ部屋に残してジューエとマッチョは帰っていった。
俺はゲームに意識を戻した。
ちなみに、マッチョは相手の父親に認められ無事結婚したそうだ。
いくら殴られても土下座を貫き通したマッチョは一躍有名になり、結婚の挨拶は土下座が恒例となったらしい。
地球産土下座が別世界に広まったことに対して何の感慨もない。決して怖いから考えるのをやめたとかそんなんじゃない。