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ひとに翼があったら飛べますか?

「で、調査員のジューエさんはそんなことを俺に説明するためにわざわざ来たのか?」


 その手の話はぜひ掲示板で話してもらおう。それで全力で「釣り乙」って吊し上げられればいい。


「まあここまでは前置きみたいなもんだよ。とりあえずついてきて。目的地は近場みたいだから」


 俺とジューエはアパートを出て暗い町中を歩いている。先頭を歩いているジューエの手にはあの木製のガラケーが握られていた。画面の代わりに円を描くように三角形が8つ等間隔に並んでいて、そのうちのひとつが光っている。なんでも空間跳躍機関によって繋がった場の位置を示しているらしい。

 拒否して出かけないという選択肢もあったがここまで来たら最後まで付き合ってやろう、なんて上から目線で考える。中途半端なことをするとあの時みたいになりそうで気分が悪い。


「そのガラケーもどきが示してる場所行ってどうするんだ?お前が言うことが正しいなら『そっちの世界』に繋がってんだろ?」

「そうである…とも言えるね」


 妙に歯切れ悪いな。やっぱり嘘だったか?

 だとしたら、あのジェントルマンもグルで高い壺買わされるかもしれない。宗教勧誘の線もある。

その名も「異世界教」、高い入信料をふんだくられて回し蹴りで敵を倒す先兵になるよう洗脳されるかもしれない……なわけないか。あまりにも回りくどいしな。


「着いた着いた。ほら見て」


 促された方向を見るとあれが再び出現していた。

 黒曜石のような深い黒色の楕円。

 話を聞く限りあれが空間跳躍機関が繋がった、言わば「異世界へのゲート」。

 ……ちょっと中二っぽいなと思った俺は高二病でファイナルアンサー。


 ともかく、昨日と同じようにまた何かが「異世界へのゲート」から出てきた。しかし、出てきた人影は昨日のジェントルマンよりはずっと小さかった。


「……ここどこ?」


 小さな子供が怯えた様子で問いかけてきた。






 その後、体操のお兄さんばりのテンションで話しかけたジューエに女の子は怖がってしまい素早い身のこなしで近くにあったベンチの裏に隠れてしまい、警戒心を解こうと色々やった結果、自販機で買ったジュースをあげたらやっとまともにコミュニケーションを取るようになってくれた。


 ……モノで釣るとか危ない人だ、犯罪者に一歩近づいてしまった……。

 ここは最後の防衛線としてこの女の子を幼女と呼ばないことにしよう。


「田木だけずるいぞ。幼女と遊ぶなんて」


 おまわりさん、コイツです!

 第一印象が最悪だったジューエは何やっても逆効果で、今は2メートルほど離れていることでギリギリ女の子の機嫌を保っている。


「ふぇっ」

「ジューエ黙れ」

「すいませんすいません! 冗談です! その虫ケラでも見るような目で睨まないで下さいお願いします助けて下さいごめんなさい!」


 危ないところだった。今のでここ1時間の努力が水の泡になるところだった。


 女の子はさらさらと流れるブロンドや新雪のような真っ白な肌、青い瞳も合わさって外国の人形のようだが、背中の6枚の翼が人形のかわいらしさから天使の神々しさにクラスアップさせている。

 教科書に載ってるような画家が筆を折るレベルだと勝手に断言する。


 さっきからジューエが興味深いといった目線なのが気になる。この子もジューエの世界の人間じゃないのか?






「要は繋がっているのは2つの世界だけではないんだよ」

「なるほど、それで見慣れない様子だったのか」

「?」


 ジューエの説明をかいつまむと、地球のことを調査する以外にもジューエには仕事があり、それが


 異世界から迷い込んだ人々の保護及び帰還補助。


 変に『こっち』で騒ぎを起こされると調査に支障が出るからさっさと送り返してー。でもー、やっぱりほかの世界にも興味あるから出来ればそこら辺も調査してー、という感じらしい。

 自分たちのせいで関係ない人々が巻き込まれているんだから元いた場所に帰すのは当然の処置だな。


「この子帰すにはどうすればいいんだ?」

「んんー」


 ジューエの長い話の間、俺はずっと女の子の翼を手ぐしでといていた。言葉なきやりとりからこうすると喜ぶことが判明した。目を細めて実に気持ちよさそうな表情をするのだ。

 翼はとてもやわらかく一般的な羽毛布団とは比べるべくもなく素晴らしい感触であった。この翼の手入れはお互いにメリットしかなかったのでやめるタイミングが掴めず今に至る。

 ちなみに、このせいでジューエの話を何度か聞きそびれた。


「ずいぶんと懐かれてるね。……僕のときには翼を広げて威嚇してきたのに」

「あのときはさすがに驚いた」

「っ!」


 6枚の翼を最大限に広げた威嚇ポーズは本能的な危機感に襲われた。威嚇ポーズになっても俺より小さいはずなのに、これが天使の力か。鳥にも似たような習性を持つやつがいるから羽を持つもの習性かもしれないが。


 雰囲気で悪いと察したのか、ジューエに近づく翼持ち少女。しかし、手が触れる距離になった途端、サッと後ずさってしまう。

 もういいんだとばかりに微笑むジューエはどこか哀しげであった。




「……ええっと、話がずれちゃったけどその子を帰す方法だっけ。

 それはまたこれが教えてくれるよ」


 そういって見せてきたのはさっきもお世話になった探知機(ガラケー型)。三角形のひとつが点滅している。


「一度あの黒いのを通った者はもう一度黒いのを通れば元いた場所に帰ることができるんだ」

「結構簡単なんだな。魔王を倒すとか世界を救うとかしなくてもいいのか……」

「魔王?」

「?」

「いやなんでもない」


 ちょっとヌルゲー過ぎるとか思ったが、考えてみれば魔王とかいないし世界を救うには個人の力じゃどうにもならないだろう。


 それよりも考えるべきは……。

 俺はこの場にいる人物の顔を順番に見る。


「出来れば警官に会わずに済めばいいな」

「……やっぱり不審かな。男ふたりと幼女ひとりだとどう考えても誘拐……」

「下手すれば速攻で刑務所行き。少なくともニュースで大騒ぎだ」


 見出しは『現役高校生、子供を連れ去る―――現代社会におけるねじれた若者たちの愛情表現』。

 ……これはひどい。マスコミもネットもお祭り騒ぎ間違いない。なんとしても阻止しよう。




 探知機が示す方向に向かう俺を含めた三人組は慎重に行動していた。この年齢で前科一犯になりたくない。

 先頭にはジューエ、後をついていく俺ははぐれないよう女の子に手を貸しながら進んでいた。


「そういえばこいつは偉いんだろうか?」

「なんでそう思うの?」


 どっかで天使は翼が多ければ多いほど高位な存在であると書いてあった気がする。6枚もあれば部長クラスは固いんじゃないだろうか?


 えへん、と自慢げに胸を張り満面の笑みを浮かべる翼持ち少女。


「その通りみたいだね。でも、なんで翼が多いほうが偉いんだろう? 多いほうが速く飛べたりするのかなぁ?」

「単純に翼を広げたときより怖いから、とか?」

「羽がない僕たちには理解しづらい、翼持ち独特の価値観かもしれないね。

 …っと、多分この辺であってるはず、と。あっ、来た来た」


 目の前には、本日二度目の黒い楕円が現れていた。

 腕に違和感を感じて振り向くと女の子がひしっと張り付いていた。心無しか泣きそうな顔をしている。


「……」

「どうした?ジューエに何かされたか?」

「さすがにひどくない!?

 多分、くうちょうきで繋がった『入り口』が怖いんじゃないかな?気づいたら見慣れない場所に出てきたわけだし」


 ……そうか、そうだよな。こんな小さい子がひとりで不安にならないわけがないか。

 俺は姿勢を低くして女の子に目線を合わせる。


「あの黒いのを通れば家に帰れるんだぞ。大丈夫だ。これを持っていけば安心安全だ」


 そういって、左手に持っていたものを女の子の両手に握らせる。それはさっき彼女が飲み干したジュースの空き缶だった。「おいしいジュースだよ!」と片頬を吊り上げて微笑むぶどうのイラストがなんともシュールな一品。


「?」

「これはお守りだ。これさえあればどんな場所からでも家に帰ることができる。」

「!!」


 もちろん口から出まかせだ。でも、こういったときはなんでもいいから安心できる物があるのが重要だ。

 空き缶を掲げて顔を輝かせる女の子を見て、ジューエはホッとした様子だ。駄々こねられたどうしようとか考えていたんだろうな。いままでの状況を顧みる限り、子供の扱いが下手に違いない。


「じゃあな」

「バイバイ、今度は怖がらないで欲しいな」


 空き缶を片手に持ちながら反対の手を振る翼持ち少女。バッサバッサと連動して動く翼と共に軽やかに黒い楕円に向かっていく。

 直前で急制動し振り向く。俺とジューエを真っ直ぐ見つめる純粋な瞳。恥ずかしそうに顔を赤らめながら何か言いたそうに口を開けたり閉めたりしている。30秒程それを繰り返した後、


「…ぁぁ、ぁりがと…ぅ」


 舌足らずな声が届いたときには黒い楕円と共に女の子は姿を消していた。


 ・・・・・。


 全国三千万人の親馬鹿の気持ちがわかった気がした。

周りから見たらただ呆けているようにしか見えない俺たちは内心、身悶えしていた事実は記憶のブラックボックスに入れておこう。


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