『明けない夜』
「二年前この町は闇夜に閉ざされた」
「ははあふはほ?」
「ドーナツ口に入れたまま話さない」
私、近江香苗は同じクラスの渡良瀬鈴と駅前にあるドーナツ屋の窓際の席に座っていた。部活が終わったので噂の新メニューを食べに来たのだ。
ちなみにさっき鈴は「いきなり何?」と言いたかったんだと思われる。
「だってさ鈴は一人暮らしでしょ。親とかここ来るの反対しなかったの?」
「最初はちょっとびっくりしてたけど特にはなかったよ。いまはマスコミもあんまり取り上げないからね」
二年前、彩路木町とその周辺に不可解な現象が起きた。
朝が来なくなったのだ。
もちろん太陽がなくなったわけではない。
彩路木町とその周辺の地域に光が差し込まなくなったのである。
昨日まで当然だったことが突然なくなり町の住人たちは呆然とした。パニックこそ起こらなかったが一部の住人は他の場所に引っ越していった。
マスコミがこんな面白い話題を見逃すはずもなく世界中のありとあらゆるテレビ局や新聞社が彩路木町を訪れた。それこそ愚かな人間に対する神の怒りの表れとか宇宙人の陰謀説と言った荒唐無稽な報道が全国を巡った。具体的な原因もわからなかったのがこれら一蹴されるはずの報道に信憑性を持たせたのだ。
が、泥沼化していた状況を変える発表があった。世界的な権威である科学者集団によるレポートだ。
そのなかで「この現象による生態系の影響は皆無」と明言されていたのだ。
明るくないにも関わらず植物は生長し人間の健康にもこれといった悪影響はなかった。不思議なことに昼は通常より弱めではあるが日光と当たっているのと同じ状況なのだ。むしろ、一日中暗いおかげで空き巣などの被害が減り犯罪率は下がった。
危機がなく原因の解明が全く進まないとなると逆にマスコミの反応が悪くなり、ネタが少なったときに「あの町はいま?!」という扱いをされるようになった。いまでは一部のオカルト好きが来る都市伝説のメッカになっている。
これが彩路木町最大の事件『明けない夜』の現在の状況だ。
「そんなもんかー。あのときはあんなに大騒ぎしてたのに」
「確か香苗はずっとこの町に住んでたんだよね?どんなだったの?」
「イライラしたね!テレビの取材とか毎日来てたし!」
いきなり記者が家押しかけてきて『こんなことになって大丈夫ですか?こんな町にいられませんよね?』とかさんざん騒いでかわいそうにって目で見てきたときは、もう殴りかかってたね。
騒いでたのは部外者ばかりで町の人々のほうが冷静だった。この現象の後に引っ越した人々の半分は住民と外部の間で起こるいさかいのせいで町を去った。
「最後には母さんが塩まいて追っ払ったんだ。二度と来るなって。記者のそんときの顔は面白かったね。」
「香苗のお母さんもすごいね。さすが家族だね!」
「すずぅ、『も』ってどういうことかなぁ?」
「私はここ好きだよ。前にいたところより自然いっぱいだし駅前にはドーナツ屋あるし、香苗と友達になれたしね」
鈴の急な友達発言に言葉が詰まる。この子は高校生なのにこういったことを真顔で言うのだ。それがちょっと恥ずかしい……も、もちろん嬉しんだけどね。
「でも、このはちみつパンケーキ風ドーナツは微妙だね。ただの普通のドーナツにハチミツかけてあるだけだ」
……うん、真っ直ぐで正直なのも問題だ。後ろの店員さんの笑顔ひきつっちゃってるし。
「お前の話だとこの町は異世界に繋がってんだろ?」
「そうそう、ついでにその時々で繋がる時間も場所も変わるんだ」
「俺たちの世界とは全然違うんだろ?」
「文化、技術はもちろん植生や動物まで違うよ。共通してるのもあるけど」
「そして住んでる人間も違うと」
ジューエのことをまだ完全に信用したわけではないがこればかりは認めなくてはいけない。これは作り物ややらせではないことだけは確かだ。
俺は目の前に、いや膝の上に乗っているのを見てそう思った。それは上半身を捻ってこちらをジッと見つめている。どっからどう見てもただの女の子だ。
背中から伸びている純白の翼を除いては。