第十二話
気まずい沈黙が落ちる中、彩斗はイアンに引き摺られるように慌ててギルドを出た。
自分のことをどう説明しようか悩んでいると、イアンは慣れたようにギルドから大通りを挟んで路地三つほど先の店の中に入る。
彩斗はその間、気まずかったのを忘れたかのように物珍しそうに周りを見回していた。
「イアン。ここって……」
「食堂だよ。冒険者たちがよくパーティーごとに打ち合わせとかしてるから個別に内密の話をするのにちょうどいいんだ。アヤトもお金はあるみたいだし大丈夫だよね?」
「うん」
その食堂は中にいくつか個室がある形のお店だった。
彩斗は今までそのようなお店に行ったことがなかったから少しだけ興味深く思った。
何より今は視線が少しだけ怖かったのもあるのでありがたいものがある。
「ジークさん。個室空いてる?」
「おう! イアンじゃねえか。個室なんて珍しいな」
そう言ったあとイアンの後ろにいる彩斗を見て驚いたような表情をした。
そしてからからとからかうようにイアンの頭を撫でるジーク。
「はは。同年代のダチなんて珍しいじゃねぇか、イアン」
「そうだね」
実はイアンは年齢の割に実力がある実力者の一人だったのだ。
その為同年代の者たちにはその力量を疎まれてあまり友達に恵まれてこなかった。
必然その人間関係は大人にばかり収束されて、結果大人びた口調になったという事実がある。そのことを彩斗は知らないが。
類は友を呼ぶというのか。
正しく似た者同士な二人なのに、本人同士が気付いていない。
そしてジークはその事実を一瞬で見抜いていた。
何故なら食堂の主として幾人もの冒険者を見てきたジークにとって、冒険者の実力を感じ取るのもまた仕事だからだ。
それができなければ荒くれ物の冒険者の相手はできないということだ。
その勘が彩斗を訳ありだと認識した。
だからさっさと個室に案内する。
「こっちだ。俺はジーク。お前さんは?」
「アヤトです。アヤト・カミシロ」
突然の問いかけに驚いたような表情をする彩斗に、ジークは楽しそうに笑い掛けた。
「アヤトか。よろしくな」
「はい」
緊張していた心のこわばりがその瞬間一気に溶けた。
それはとても頼りになる笑顔だった。
「お前ら俺の存在忘れてるだろ! 俺も混ぜろよ」
「あ、ごめん。イアン」
素で忘れていたことを謝る彩斗。
その発言でショックを受けたのはふざけて彩斗を揶揄おうとしたイアンだ。
「ひ、酷い」
「ぶわっははは。お前ダチにも忘れられんだなぁ。あははははっ」
「笑わないでよ、ジークさん」
「えっと……」
素で落ち込むイアンに、爆笑するジーク。どうすればいいのかわからず戸惑う彩斗。
正直言って物凄くカオスだった。
「おっ! ここだ。じゃあな」
「ありがとう、ジーク」
何とか復活したイアンが感謝を述べると、ジークはそのまま部屋の中へと案内して注文を聞いてきた。
「ところで注文は?」
「おススメ定食とジュース持ってきてくれ。アヤトもそれでいいよな」
「うん。それでいいよ」
正直何がいいかなんて知らないのだからそれでいいとしか言いようがない。
それに少し前に軽く食べている。
だから大丈夫だろう。
「じゃあ後で持ってくる」
「よろしく」
「ありがとうございます」
出て行ったジークを見送って溜息を吐いた彩斗は、部屋に二人きりになったのを見計らって声を掛けてきたイアンに目を向けた。
「さて、アヤト。料理ができてくるまでの間にいくつか話しておきたいことがあるんだけど」
「えっと……。なに?」
先に話しておきたいことと言われて彩斗は首を傾げた。
これから話すことはやっぱり人がいない方が話しやすいはずだ。
だからこそわからない。ジークが来るまでに言いたいこととは何なのだろうか。
「まずは改めて。助けてくれてありがとう、アヤト。お蔭で俺もあの親子も誰も傷付かずに済んだ。この街だって何も知らなかったらあいつが来て誰かが犠牲になっていたかもしれないんだ。だから、感謝してるよ」
「それはたまたま偶然で……」
そこまで感謝されることではないと言う彩斗に、イアンはこりゃあ根深いなぁと苦笑する。
どれだけ人を助ける行為をしたのか彩斗は自覚していないのだ。それが難儀なことだなぁと思う。
「まあその話はまた今度。それよりも、アヤト。冒険者登録完了おめでとう。一冒険者として歓迎するよ」
「ありがとう。これでイアンと同じ冒険者だな」
「ああ。よろしくな」
「うん。よろしく」
笑いあったところで丁度ジークが料理を持って部屋へと訪れる。
それを見て二人は漂ってきたいい匂いにじっとジークを見詰めた。
「ウェアー・ラビットのシチューとクワワのジュースだ」
「うわぁ。いつ見ても美味そうだなぁ」
「馬鹿野郎! 美味そうなんじゃなくて美味いんだよ!」
殴られているイアンが白旗を上げていると、彩斗が静かなことに気付いて二人はそちらを見やった。
そこにはじっとシチューを見詰めている彩斗がいた。キラキラと輝いた瞳が、言葉よりも雄弁に美味しそうだと語っていた。
「アヤト。一口食べてみな」
「美味いぞ」
「いただきます」
思わず勧めてしまった二人は、一口食べて満面の笑みを浮かべた彩斗に釘付けになる。それほどに同性にも魅力的な笑顔だった。
「美味しいですね。ウェアー・ラビットってどんな動物なんですか?」
「ウェアー・ラビットは魔物の一種だ。凄く柔らかくてうまい肉だから人気なんだよ」
「そうなんですか」
「ま。そう言うわけだからもう行くわ。なんか話したいことがあるんだろ」
「ありがと、ジーク。あの様子じゃアヤトは聞こえてないだろうからな」
「いいってことよ」
そう言って気のいい店員は出て行った。それを待ってからイアンは彩斗にどう切り出すか悩むのだった。