第十話
暫し沈黙が流れ、イアンがおろおろとしているのに気付いているのかいないのか、彩斗は非常に嫌そうな顔をしてギルドマスターに即答した。
「嫌です。闘いたいならイアンをどうぞ」
「って、え!? 断るの!? 断っちゃうの!?」
「だって面倒くさいし」
素直に嫌な理由を口にする彩斗にイアンが先ずツッコムも、さらりと本音を暴露された。
そのときになって漸く自分が売られたことに気付いてイアンは彩斗にツッコんだ。
「っていうかさっきお前俺のこと売っただろ!」
「先にギルドに売られたから仕返しかもね」
にっこり笑顔で嫌みを言う彩斗に、イアンは言い返すことができない。
というか彩斗が何だか黒い。どうやったらこんな風に成長するんだろうか? 謎だ。
すると、それまで黙って成り行きを見ていたマークが笑い出した。
「くっ。く、く、く。仲がいいですね。えっと、旅の少年。君の名前は?」
「アヤト・カミシロです」
笑われたことに嫌そうに答えた彩斗に、マークはにこりと微笑んで問い掛けた。
「何故私と戦うのが嫌なのかな?」
「面倒事の予感しかしないからです」
「何故だい? Sランクの冒険者と戦ってみたいと思わないのかい? とても名誉なことだよ」
彩斗が胡散臭そうにギルドマスターを見るのにイアンがフォローを入れた。彩斗からしてみたらギルドマスターが胡散臭く見えるのだろう。
イアン自身初めて会ったギルドマスターの軽いのりについて行けなかった。
「俺は細々と生きていきたいんです。確かにギルドには入りたいと思ってましたが、これからも旅を続けますしあまり問題を起こすのは……」
「そうですか。仕方ないですね。でもギルドカードを作るときのランクに関して話は通しておいたのでよろしくお願いします」
「「は?」」
その時になってギルドランクを上げることを了承させるためのパフォーマンスだったことに気付いた彩斗たちは、呆然とギルドマスターを見つめた。
「騙して悪かったね。でも誰かが君を説得しなければならなかったんだ。力の強い者を下位のランクにしておくわけにはいかないからな。おめでとう、アヤト・カミシロ君。君は今日からBランクだ」
「こちらにおいで下さい、アヤト様。イアン様」
急展開に、彩斗たちは眩暈がした。だがこれだけは言わなければならない。
「嫌です」
「あ、アヤト!?」
きっぱりと断る彩斗に慌てるイアン。だが彩斗は一歩も引かなかった。
だっておかしいだろう。何の努力もしてない者がいきなりそんな高ランクになるだなんて。
彩斗だったらそんなの嫌だしきっとどこかで誰かから恨まれるだろう。そういう負の連鎖で彩斗は今まで友達はおろか知り合いらしい知り合いすらいなかった。
だから同年代の友達に憧れた。
楽しそうに話している学校の同級生をみてずっと憧れていた。
それなのに、どうしてこんな理不尽な要求を呑めるだろうか。
「何故だい?」
断られたというのに物凄く冷静なマークに問い掛けられて彩斗は威嚇するように相手を睨みながら口を開く。
「確かに俺を上に上げれば脅威からは遠ざけられるでしょう。でも、それなら俺が居なくなったら? それに努力して上を目指している人は俺をどう思いますか? 俺はまだ何もしたことがないんです。危険な依頼を頼みたいならギルドなら何かしらギルド員に協力を求めることもできるでしょう? だから俺は一番下のランクから始めます」
「ふむ。確かにその方が周りの辺りは低いだろう。それに誰かが無理してタイグルオーガに挑んで死ぬのも避けたい。いいだろう。でもそうと決まれば存分に君のことを使わせてもらうよ」
「望むところです。使い切れるなら使い切ってみてくださいよ」
そう挑発するように口にした彩斗は、そのまま部屋を出て行く。そのあとをイアンが「待てよ、アヤト!」と慌てて追いながら。
最後に受付長がぺこりとお辞儀してドアを閉めて出て行く。
それを見送りマークは楽しそうに口を開いた。
「君が何をするのか見させてもらおうか。アヤト・カミシロ君」
その時のマークの表情は、とても楽しそうだったという。