プロローグ
初投稿です。
不定期更新で拙い小説ですが、よければご覧下さい。
どこか遠くから喧騒が聞こえる。
ここは、閑静な住宅街。その道を神代彩斗は歩いていた。
時刻は21時。17歳である彼がこんな時間に出歩いていて怒られないのは、偏に彼の両親が他界しているからだ。
漆黒の髪と瞳は深く澄んでいて、どこか神秘的な印象を見る者に与える。切れ長の双眸に整った顔立ちが、男にしては中性的で綺麗だった。
「あ~、平和だなあ」
何気にその見た目から絡まれることが多いので、腕っ節だけは強くなった彩斗。だが今日は珍しく絡まれることがなかったため、それが純粋に嬉しかった。
両親が死んでからは、祖父母が保護者代わりに育ててくれた。彩斗はお祖父ちゃんっ子で、空手を嗜んでいた祖父にせがんでよく教えて貰ったものだ。
そのお蔭でそこそこ強くなれたと自負している。
そんな祖父母も一年間に亡くなった。最期まであるがままに生きた彼等が彩斗は大好きだ。
だからこそ、そんな彼等が最期まで心配していた自分が元気に生きなければ。
「そういやここら辺に公園あったな」
小さい頃あそんだなぁと懐かしく思い、つい足が其方に向いていた。暗闇の公園を懐かしげに眺めながら横切る。あの頃のままの光景に哀愁を感じながら、立ち去ろうと背を向けた公園に、ふと白い影が視界を横切った。
昔から目に見える世界が光り輝いて見えたことがある。だから、普段だったら気にしなかっただろうが、何故かいつもとは何かが違う気がして、それが何なのか無性に気になって、彩斗は振り返った。
そこに見えたのは、公園の茂みから飛び出してくる小さな子供。その子は向かい側にある車に夢中になっていた。そこに突っ込んで来る明らかにスピード違反の乗用車。
「すげぇ!」と無邪気に飛び出した男の子に、彩斗は慌てて駆け寄る。子供の後ろから慌てて駆けてきた母親らしき女性が息を呑むのが視界の端に見えた。
車がブレーキを踏むが間に合わない。男の子は驚いて、その場で固まってしまっている。彩斗はなんとか辿り着いた男の子を引き寄せて、咄嗟に突き飛ばした。
その時には、既に目の前に車が来ていて。ああ、死ぬのか……。冷静にそんなことを頭の隅で考えながら、彩斗は何か温かいものに包まれた気配を感じながら、意識を失った。
明るい。ここは何処だろうか? 死んだんだから素直に考えたら天国かと思いながら、彩斗は目を開いた。
「神代彩斗様。目が覚めましたか?」
「えっと、あなたは……」
その女性は昔の神話に出てくるような白いひらひらした服を着ていた。顔はどこか幼い雰囲気があるように彩斗には映った。髪は黒髪で腰までの長さがある。そして黒い瞳はどこまでも澄んでいて、こちらの気持ちをすべて見透かしているような不思議な印象を受けた。
普通ならそれが怖いと思うだろう。でも、なぜか彩斗にはそれを怖いとは思えなかった。何よりその神々しい雰囲気に何となく相手に見当をつけながらも、一応確認するように問い掛ける。
「私はアヤノ。この世界の神です」
「やっぱり神様か。ってことはやっぱり俺は死んだのか?」
「いいえ。あなたは生きています」
予想外の返答にギョッとして、慌てて助けた少年の無事を問う。死ぬ気で助けたのに実は死んでましたなんて冗談じゃない。爺ちゃんからの教えだ。「子供は大切にしなさい」と。
「じゃああの子は!?」
「安心してください。あなたが助けた子は無事です」
「それなら何で俺が生きてるんだ? 車に引かれたんだから普通死ぬでしょう?」
目の前に座る神が、それに対し言いずらそうに口を開く。悩むような仕草に、何かあると気付きながらも彩斗はアヤノをじっと見詰めた。
「あなたが生きていた世界は地球と言います。それはわかっていますよね」
「はい」
質問の意図が解らず首を傾げながら問いに答える。それに、アヤノは心得たようににっこりと微笑んだ。
「あなたの住む地球以外にも、世界は無数にあるのです。幾重にも。その世界の中で特に重要なのがすべての始まりの世界│《セシール》です。すべての始まりとは世界の根幹という意味です。そこまではわかりますか」
「はぁ、わかりますけど」
「そうですか。では続けます。その世界には、七大精霊という方々がいます。それぞれ《火》《風》《水》《土》《光》《闇》《時》の精霊がいるのですが……」
「あの、ちょっと待って下さい。それが俺が死ななかった理由に何の関係があるんですか?」
「…………あなたには、その七大精霊が憑いているのです。通常精霊達が加護を与えるのはその世界の人間です。
けれど、あの方々はあなたを選びました。何故かはわかりませんが、あなたを愛し慈しみ、守り抜こうとする。現に、あなたを守る為にあの車が消し飛びました」
「…………っつ!?」
余りにも壮大なスケールの話しに度肝を抜かれる。まさか自分に精霊の加護? 冗談としか思えない。
けれど、そんな現実逃避気味な彩斗にアヤノは無慈悲にも現実を突き付ける。
「今頃あの場は大騒ぎでしょう。だからあなたをここへお呼びしました」
「何でですか? 精霊の加護はもう消えたのでしょう? 俺が此処に連れて来られる理由がわからない」
「すみません。原因は先程お話した精霊の加護です。確かに│ただの《・・・》精霊の加護でしたら問題ありません。ですが、あなたにあるのが大精霊の加護なのが問題なのです」
じっと見詰められて少し気まずい。何が問題何だろう? 精霊の加護は消えたんじゃないのか?
「先ず誤解を解きますが、精霊の加護は消えていません。ご自身の身体をよく見てください」
「…………? なっ!? 何だ!?」
促されるまま自分の身体を見た彩斗は、仄かに光るオーラを自身の周りに感じて唖然とした。
手を右に左にと動かして見る。勿論消えないし、目の錯覚でもない。
「それは精霊があなたに同化して守っているのです。そして、それがあなたをここに連れてきた理由です。
端的に言わせて頂きますと、あなたを元の世界に戻して差し上げることができないのです。すべての世界の源元であり、始まりの世界の大精霊は世界の根幹です。セシールで世界を調和しなければならないのです。
ですが、精霊達はあなたを守るためにあなたに同化してしまいました。でも、あの世界には大精霊が必要なのです。居なくなってしまえばこの世界は消えてなくなってしまうでしょう。
ですからお願いします。この世界をお助け下さい」
アヤノに頭を下げられて、彩斗はたじろいだ。どうすればいいのだろうか。何をしたらいいのかわからないし、何を期待されているのだろう。
「俺はどうしたらいいんですか? あなたは神様でしょう? 精霊を俺から引き離すことはできないんですか?」
「七大精霊は私の力より強いのです。しかもその内の一人、《時の大精霊》は世界の創造神。私では干渉さえできません。
ですからどうかセシールへ行って頂けませんか? 精霊達が守護すべき場所へ彼等を導いて下さい。世界のバランスを守るためにーー」
その言葉で、自分がしなければならないことを知った。彩斗は諦めのため息を吐く。
どうせ、この世界には俺を待っていてくれる人などいないのだ。なら、世界を守るために尽力したっていいじゃないか。そう思った。
「わかりました。俺にはこの世界にもう居場所はありませんし。できるだけ協力させて頂きます」
「ありがとうございます! 必要な知識はあなたの中に入れておきます。帰して差し上げることが出来ず、本当にすみません。ご武運をお祈りしております」
彩斗の前にアヤノの手が翳される。それと共に、彩斗はゆったりと意識を失った。
アヤノの意味深な言葉を聞きながら。
「あなたにどうか大精霊様方の加護がありますように」
最後にそう言われたのを最後に、彩斗はそのままその真っ白い世界から消えてなくなったのだった。