勘違いは突然に(笑)
あらすじでも申し上げましたが、改めて。
男が男に迫るという、『ボーイズラブ』というジャンルを知らなければ異様に思えるシーンが出てきます。そういったものに嫌悪感を抱かれる方は、ご覧になりませんようお願い致します。
別に気にしないよ、ギャクネタなら問題ないよ、むしろ好きだ! な、方々のみ、本文へお進みくださいませ。
昔から、自分は人とは違うのだという自覚はあった。
――だって有り得ないだろう、『前世の記憶がある』なんて。
********************
彼、三上真司には、転生前の記憶がある。もっと言えば、『記録』か。
彼が転生前の自分に起こった出来事を我がこととして感じることはなく、自分の自我が出来上がった頃に、気付けば他人の一生がメモリーされていた、そんな感じだ。自分が覚えているこの人間は誰だと、幼い頃の彼は真剣に悩んだ。
その悩みを打ち明けた相手は、母親ではなく保育園の先生。彼の母親は忙しく、子ども心に煩わせてはいけないと思ったのかもしれないが、今から考えればその選択は正しかった。
『あらー、もしかしたらそれって、前のしんちゃんの思い出かもしれないわね』
『前のぼく?』
『そうよ。生き物はね、死んでも心は残ってて、新しい命になる。大昔の偉い人が、そう言ったのよ』
ぼくの中に、知らない女の人がいる。
突然電波なことを言い出した五歳児の話を根気強く聞き、否定どころかそんな話をしてくれた先生は、今から思えばなんと大物だったのだろう。『生まれ変わり』という概念と、『じゃあぼくって変じゃないの!?』と喜ぶ彼に、『でもね、生まれ変わる前のことを覚えてる人って、とっても少ないから。それはしんちゃんの大事な秘密にしとこうね』と、彼が人生を泳ぐために必要不可欠な教えを説いた彼女を、彼は心底尊敬する。
彼女のおかげで、その後の人生は難無く過ごせた。小学校、中学校、高校。さすがに中学校に上がる頃には『転生前の記憶がある』という事実が有り得ないことくらい分かっていたので、それから先は増して用心深く。
どうも真司の前世の『彼女』は、幼い頃からそれなりに波瀾万丈だったらしく。不器用に人生の荒波を越えて行く『彼女』の『記録』は、彼にとってはちょうど良い教本ですらあった。真司と『彼女』では、性別から始まって性格、趣味嗜好、得意不得意に至るまで何もかもが違うので、役に立たないことも多かったが。
他人の一生が丸ままメモリーされている真司は、突発的な事態にも動じることは少なかった。子ども同士で出掛けて迷子になり、泣き出す友人たちを連れて道を聞いて回り、無事に帰った逸話は有名だ。真司としては、日本語が通じる土地で迷子になったからといって、何をそんなに慌てる必要があるのか、程度の気持ちで(前世の『彼女』は言葉の通じぬ異国で迷子になりかけて、実に心細い感覚を味わった)、別段凄いことをしたという意識は今もない。
しかし、そういう子どもは得てして目立つ。特に真司は、顔立ちはある程度整っていて成績優秀(前世の『記録』があるのだからある意味当たり前だ)、運動神経もそこそこに良く(そこは前世は関係ない)、そこに寡黙で大人びているという付加要素がつけば(寡黙なのはうっかり前世を喋らないためにで、大人びてしまったのはもう仕方がない)、モテるのはほぼ決まったようなものだった。
そう、小中高通して真司はモテた。体育館裏に呼び出されるのは日常茶飯事、下駄箱にラブレターなんて古風な真似をされたのも一度や二度ではない。中学に入って最初のバレンタインでは、朝学校に来てみれば机の上がチョコレートの山で、はっきり言って戦慄した。前世の『彼女』が読んでいた少女マンガではよくあることだったが、現実になってはたまったものではない。
『……ウゼぇ』
たった一言そう呟いた彼の目は実に怖かったと、たまたま居合わせた友人は証言している。キレた真司は実際怖く、普通なら捨てるか友人たちに回すかするだろうチョコレートの差出人を、恐るべき行動力を発揮して全て特定、本人たちに突き返して『二度とやるな迷惑だ』と暴言を吐いただけでは飽き足らず、学校に逐一報告して(バレンタインだろうが何だろうが、お菓子を学校に持って来るのは校則違反である)集団生活指導を食らわせた。『魔王降臨事件』として、今でも地元では語り草だ。
そう、それくらい真司はモテるし、不本意ながら自分がどうやらモテるらしいというのも自覚している。
……しかし、さすがにこれは、ない。
「お前が好きだ!」
地元からは少し離れた大学を選び、人生で初めての一人暮らしとなって、数日。今日は大学の入学式だった。着慣れないスーツに身を包んで式に出て、帰ってきて着替え終わったタイミングで、玄関のチャイムが鳴って。
出てみれば、どう考えても初対面の青年に、そう叫ばれた。
明るい茶色の髪、スーツは型通りではなくちょっと崩して着ていて、いかにもイマドキの若者風だ。それだけに、開口一番叫ばれた言葉の意味が、理解できても浸透しない。
「…………は?」
ようやく返せた言葉は、あまりにもマヌケな一言だ。滅多なことでは動じないという評判の真司がここまで動揺したのは、人生初めてかもしれない。
「突然叫んで悪かった。あのさ、俺が誰だか解る?」
反射的に知るか、と言いたくなった自分は悪くないと信じたい。自慢じゃないが、人の顔を覚えるのは得意な方だ。間違ってもこんな男に見覚えは……。
――ん?
まじまじと見て、何かが引っ掛かった。
見覚えはない。はっきりと、見覚えはない。
しかし、何故か。どこか懐かしいのだ。とても大切な、大切にしていた『何か』に、やっと巡り会えたかのような。
(……あ)
そこまで考えて、気がついた。懐かしんでいるのが自分ではなく、彼の前世――『彼女』だということに。
『彼女』には、生涯の付き合いをしていた親友がいた。
大学で出会い、性格もテンポもまるで合わないながら、何故か気が合った友人。同じ空間にいても気に障らず、一緒にいると安心できる。実は人間不信だった『彼女』にとっては、奇跡のような出会いだった。
そんな親友とは、大学を卒業してしばらく一緒に暮らし、やがてそれぞれ結婚して離れた土地に住むようになったが、二人の関係は死ぬまで続いた。間違いなく『彼女』にとっては、『親友』すら越えた存在だったろう。
――たとえ生まれ変わっても、見れば解るくらいには。
「ひょっとして……?」
真司が思い至ったと気付いたらしい。相手の男は目を輝かせて身を乗り出してきた。
「俺だよ、前世でお前の親友だったK.Y.の生まれ変わりだっ。お前はT.A.だろっ!?」
「そうだけど……本当にK.Y.なのか? お前も男に転生してたのか」
有り得ない現実に唖然となる。『前世の記憶がある』なんて特殊例は自分だけだと思っていた。それが突然もう一人現れて、しかも『彼女』の親友の生まれ変わりとは。
一体何の符合だ、これは。
しかし目の前の彼は、そんなことどうでも良いようだ。真司にも前世の記憶があると分かって、ハイテンションになっているのがよく分かる。自分もそうだが、どうやら転生前とは性格から何から全く違うらしい。
「今は拓哉っていうんだ。お前は?」
「俺は真司だ。ところで、どうやって俺の家を?」
突然訪ねられては、まずそこが気にかかる。前世の親友の生まれ変わりと出会えたことが、嬉しくないわけでは決してないが。
「大学で見つけてさ、でも話し掛けるタイミング逃しちゃって、それで追っ掛けてみた」
「へぇ、そうなんだ」
そういえば、彼――拓哉のスーツも真新しい。自分のようにスーツに着られている感もなく、むしろ着こなしている風だったので、同じ大学の新入生だとは思わなかった。
彼は、見た瞬間に分かったのだろうか。自分が『彼女』の生まれ変わりだということを。真司はまじまじと見なければ分からなかった。もともと『彼女』の『記録』は真司にとって人生教本、困ったときにぱらりとめくるくらいの感覚しかないが、拓哉のそれは違うのか。
分からないことは、聞くしかない。しかしこれはデリケートな問題、あまり明け透けに聞くのも躊躇われる。
結果、当たり障りのない質問になった。
「それで、拓哉は俺に何の用があってここまで来たんだ?」
「そりゃ決まってる。お前に、真司に告白するためだ」
「…………ちょっと良いか」
心なしか頭痛がしてきた。明け透けに他人の事情を聞き過ぎるのも、と自重した真司の気遣いをぶち壊す問題発言。せめて冒頭の一言がなければ「何を告白するんだ?」と返せたが、この状況でソレをやったらただの天然である。
ここはひとまず情報整理だ。例えそれが、現実から逃げるための時間稼ぎでしかないとしても。
真司の頭痛など知るよしもなく、拓哉は無邪気に問い返してきた。
「何?」
「拓哉は前世の記憶を自分のものとして持ってるのか?」
と問いつつ、それは無いだろうなと思う。この拓哉という男、彼の前世である親友が見たら、即座にグーで殴りそうなテンションの持ち主だ。親友の記憶が自分のものとしてあったら、多分こんな風にはならない。
はたして、彼は答えた。
「いや、完全に他人事。でも自分の中に他人の一生分の記録があるって、かなり変な感じだよな」
「俺は面白いと思うけど……じゃなくて、それで何で俺に告白なんてしようと考えるんだよ?」
「俺、理由は覚えてないけど、お前を探さないとって思いがあったんだ。そのうち寝ても覚めてもお前のこと考えるようになって、それで解ったんだ。これは、恋だ! って」
「それは無い」
「即否定!? 何でだよ!?」
あからさまに、顔が『ガーン』となっている。驚くほどに考えていることが顔に出やすい男だが、何でもなにも。
「生まれ変わった今の俺を知らないのに、恋もへったくれもないから。前世の俺に恋したってわけでもないんだろう?」
「真司の前世に恋とかないわー」
大丈夫、おそらく『彼女』も願い下げだ、とは武士の情けで言わないでおいてやる。拓哉のこのハチャメチャ振り、『彼女』ならばきっと、笑顔で受け流しながら内心ドン引き、『コイツとは二度と会わない』と固く誓うだろう。そこは自分の前世だけあって断言できる。
――と、何を思ったか、拓哉は急にキリリとした顔つきになった。
「大体、真司と前世は別人だろ。俺はそんなの関係なく、真司が好きなんだよ」
……真顔で言われた。最初に戻ってきた。その現実から逃げ出したかったのに!
男同士だ、正気に戻れ、とは言えない。残念ながら、言えない。
何故なら、拓哉の前世である親友は、いわゆる男同士の恋愛に萌えを見出だす、『腐女子』と呼ばれる人種だったからである。あれだけ腐トークを連発されながら、引くでもなく染まるでもなく普通に付き合い、依頼があればソッチも書くけど私の主流はノーマルです、を貫き通した真司の前世は、これも相当に変わっていたとしか言いようがない。
……と、今は『彼女』はどうでもよく。その親友の『記録』持ちである拓哉ならば、男同士の恋愛に対するハードルは、世の一般男子よりずっと低い可能性が高いのだ。うっかり『俺は男だぞ!』なんざ叫んだ日には、『それがどうした?』と真顔で返されSAN値直葬しかねない。
コイツを正気に返すには。冷静になろうとした真司だが、そうなるとこちらも同じ理屈を返すしかなかった。
「だからそこがおかしいんだって! 何で会ったこともないのに好きだとか言えるんだ! 俺を探そうと思った理由をよく思い出してみろよ!!」
「そんなの真司に逢うためだろ。俺、真司の存在をずっと感じてたんだ。なぁ、もっとお前のことが知りたいんだよ。教えてくれ、真司」
……ヤバい。本能で真司は後ずさった。聡い彼は悟ったのだ、俺にコイツを何とかするのは無理だ、と。
しかし、後ずさったのはまずかった。拓哉は怪しげな笑みを浮かべながら、真司が後ずさった分の距離を詰めてくる。
結果、拓哉はまんまと、玄関口に侵入した。
このままでは真面目に貞操の危機だ。これまでどれだけモテようが、それはあくまで女子限定。男に迫られるとか、何の罰ゲームだ。
「ちょ、待っ、落ち着けー!」
『何事にも動じない』彼は、その日、生まれて初めて大絶叫した。
まさかこんなものを上げる日が来ようとは……(笑)
本当に何気ない会話から始まったお話です。ちなみに、親友と私の関係は原文ママ← くだらないネタで盛り上がることはしょっちゅうですが、「これで一本書ける」とパソコンに向かった親友には目が点になりました。
「面白かったら私サイド書いても良いよー」と何気なく言ったら、どうやらその言葉を気力に書き上げやがったようですね。ついでに私サイドも、「見たいから書け」と。
そんなわけで生まれたこのお話、面白いなーと感じられましたら友人(私のお気に入りユーザさんです)の方も覗いてやってくださいませ。誕生秘話(笑)もそちらにありますので。
では。