新緑の頃 ⑤
本書はフィクションです。実在の人物・団体・省庁とは一切関係ありません。また、執筆にあたり複数の公務員の取材や架空のエピソードを組み合わせて構成しています。
ご覧いただきありがとうございます。
本作は、実話をもとに再構成した「叩き上げ公務員」の半生を描くサクセスストーリーです。
学歴もコネもなく、定時制高校からスタートした主人公。
決して順風満帆ではなかった彼が、どのような葛藤や壁を乗り越え、霞ヶ関の本省、そして幹部へと駆け上がっていったのか。
実際の官僚機構や他省庁でのリアルな泥臭さ、そして人生後半での新たな挑戦までを丁寧に描いていきます。
働くすべての人、そして逆境から這い上がりたい人に届く作品になれば幸いです。
ぜひ最後までお付き合いください!
1週間の早朝練習を経て、今日からいよいよ愛車のMBX50でアルバイト先へ向かう日がやってきた。
いつもより少しだけ心にゆとりを持って家を出る。シートに跨がり、心を落ち着かせてキックレバーを力強く踏み下ろすと、精悍なエンジン音が早朝の空気に響き渡った。
舞子の自宅を出発し、西神エリアと神戸の中心部を結ぶ「西神戸有料道路」を爽快に駆け抜けていく。目的地は、大倉山駅の近くにあるアルバイト先のガソリンスタンドだ。ヘルメット越しに頬を撫でていく初夏の風が、たまらなく心地よかった。
バイト先の敷地にMBX50を停め、事務所の扉を開けた。
「おはようございます!」
元気に挨拶をすると、バイクを目ざとく見つけた店長から早速声をかけられた。
「おはよう! 川野君、バイク買ったの? ……あれ、もしかして250cc?」
「いえ、原付です」
「えっ、これで原付なん? 随分と大きく見えるねぇ」
「そうなんです。ガソリンタンクが12リットルも入るので、車体が大きく見えるんだと思います」
「へぇ〜! 気をつけて通勤してね。あ、ガソリンは社員割引で入れていいからね」
「ありがとうございます!」
どれくらいガソリンを使うかはまだ分からなかったが、社割で給油できるのは本当にありがたかった。その後出勤してきた他の社員や先輩バイトの人たちからも同じように「250ccかと思った」と驚かれ、浩一はそのたびに誇らしい気持ちで丁寧に説明をした。
バイトを無事に終え、そのままMBX50に跨がって定時制高校へと向かった。
これまで電車とバスを乗り継いで移動していたのが嘘のように、あっという間に学校へと到着した。移動時間の短縮を身をもって実感し、浩一は深い安堵感を覚えた。
学校の駐輪場には、ホンダ・CBX400、ホンダ・VT250、スズキ・RGガンマ250、そしてスズキ・RGガンマ50といった、そうそうたる名車たちがズラリと並んでいた。
(あ、あのガンマ50は行地のやつだな——)
そう思いながら、浩一は行地の愛車のすぐ隣に自分の真っ赤なMBX50を停め、校舎へと向かった。
2年2組の教室へ入ると、既に行地が席に着いており、手持ち無沙汰そうにポツンと座っていた。浩一が近づくと、行地が顔を上げてニヤリと笑った。
「川野、なにニコニコしてねん。何かええことでもあったんか?」
「単車買ってん。今、行地の単車の横に停めてきたで」
「えっ、マジで!? なに買ってん!」
行地は勢いよく立ち上がると、浩一の返事を待つ間惜しさといった様子で、そのまま駐輪場へと駆け出していった。浩一も笑いながらその後に続く。
「ほぅ〜! MBXか! 格好ええなぁ〜! この赤が川野にピッタリやわ!」
真っ赤な車体を覗き込みながら、行地は自分のことのように目を輝かせて絶賛してくれた。
「ありがとう」
「おい川野、運転慣れたら速攻ツーリング行こうや!」
「ええけど……六甲山は無理やで?」
「なんでやねん!」
「行地みたいに『走り屋』ちゃうからな」
「なに言うとんねん、ツーリングや、ツーリング!」
ふたりで笑い合いながら駐輪場を後にし、教室へ戻った。
その後も始業チャイムが鳴るまで他愛のないバイク談義に花を咲かせ、浩一はどこかすがすがしい気持ちでその日の授業に臨むのだった。
ご覧いただきありがとうございました!
社員割引で給油できるガソリンスタンドでの温かい出来事や、CBX400やRGガンマなど名車がズラリと並ぶH高校の駐輪場。昭和のバイクブームの熱気と、定時制高校ならではの自由な空気感が色濃く伝わってくる一章となりました。
行地からの「ツーリング行こうや!」という誘いと、「六甲山は無理やで」と返す浩一の微笑ましい掛け合い。
過酷なアルバイトと学業の合間に訪れた、最高に眩しい青春の一ページです。




