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祖国の存亡がかかっているような場合には、
祖国の存亡がかかっているような場合には、いかなる手段であっても、その目的にとって有効であるならば、正当化されうるのである。
このことは、為政者に限らず、国民全員が、心しておかなければならない。
特に、祖国の存亡がかかる危険な状況において、国家の存続をもたらしうる手段が、「正しいとか、正しくないとか」、「寛容であるとか、残酷であるとか」、「賞賛されるべきとか、恥ずべきものか」等については、一切考慮する必要はない。
何にもまして、優先されるべき目的は、祖国そのものの安全と、自由の維持なのだからである。
「政略論」より
日本国(日本人)として、理想論を掲げ、正義を貫き、寛容を旨とし、賞賛されるような国家(国民)であり、それにより、祖国の安全と国民の自由が維持できれば、それにこしたことはない。
しかし、周辺国は、必ずしも、善良な国ばかりではなく、平和を望む国ばかりではない。
残念ながら、「祖国の存亡がかかる危険な状況:有事」は迫りつつある状態なのかもしれない。
その危険を意識した場合、上記のマキアベリ氏の警句は、「心しておかなければならない」と思うのである。




