第7話 クロエ・マーティン ――心を測る者の孤独
クロエは、いつも最後だった。
意見を言うのも、感情を見せるのも。
誰かが崩れそうになる前に、
彼女は必ず気づく。
声の高さ、視線の揺れ、沈黙の長さ。
「大丈夫?」
その一言で、どれだけの人が踏みとどまってきたか。
クロエ自身も、数えたことはない。
心理学者として、
彼女は人の心を“観測”する訓練を受けてきた。
感情に飲み込まれず、
距離を保ち、冷静に。
だがいつしか、
その距離は自分自身にも向けられていた。
私が崩れたら、誰が立て直すの?
それが、彼女の無意識の前提だった。
宇宙船での共同生活は、
緊張と不安の連続だった。
地球の未来、任務の重圧、
そして、帰れるかどうかわからない恐怖。
クロエは、全員の話を聞いた。
リオの責任感。
マヤの後悔。
ユンの違和感。
エレナの選択。
アディルの怒り。
彼らの心は、どれも限界に近かった。
でも、私の番は?
その問いを、
クロエは何度も飲み込んだ。
ある夜、
彼女は一人で居住区の端に座っていた。
二つの月の光が、床に重なる。
リオが、何も言わずに隣に腰を下ろした。
「聞いてほしいことがある?」
クロエは一瞬、言葉に詰まった。
その沈黙こそが、
彼女が一番慣れていないものだった。
「……聞いてくれるだけでいい?」
リオは頷いた。
クロエは、専門用語を使わなかった。
分析もしなかった。
ただ、疲れた声で言った。
「私、怖いの」
その言葉を口にした瞬間、
胸の奥が、少しだけ軽くなった。
「皆を支える役を、やめたいわけじゃない。
でも……」
彼女は月を見上げる。
「誰かに、支えられる場所が欲しかった」
リオは何も言わなかった。
それが、彼女にとって一番の答えだった。
クロエは知った。
心を守る人間もまた、
守られる必要があるということを。
そしてこの船には、
それを許すだけの“余白”がある。
それは、
共に生きるための、最初の条件だった。




