第4話 ユン・ファン ――届かなかった声
通信室は、いつも静かだった。
機械は正確で、感情を持たない。
だからこそユン・ファンは、この場所を信頼していた。
「繋がるかどうかは、条件の問題です」
それが彼の口癖だった。
距離、角度、ノイズ、タイミング。
すべてが整えば、声は必ず届く。
少なくとも、理論上は。
地球にいた頃、ユンは家族とほとんど連絡を取らなかった。
忙しさを理由に、
あるいは、言葉を選ぶ自信がなかったからかもしれない。
今さら、何を話せばいい?
その迷いが、通話ボタンを押す指を何度も止めた。
宇宙船の通信テストは、常に良好だった。
往復遅延、許容範囲。
ノイズも規定値以内。
「完璧ですね」
誰かがそう言った時、
ユンはなぜか、胸の奥に小さな違和感を覚えた。
完璧すぎる。
未知の惑星に近づくにつれ、
通信の遅延はわずかに増えた。
だが、異常と呼ぶほどではない。
切れる時は、いつも予兆がない。
それは彼の経験則だった。
調査任務の最中、ユンは地球へ短いメッセージを送った。
技術的な報告ではない。
「こちらは無事です」
それだけの一文。
返答はなかった。
それ自体は、珍しいことではない。
だが彼は、記録ログを何度も見返した。
送信――完了。
受信――待機。
リオが通信室を覗いた時、
ユンはモニターを見つめたまま、動かなかった。
「問題か?」
「いえ。ただ……」
ユンは言葉を探し、結局やめた。
「今は、問題ありません」
その「今」が、どれほど脆いかを、
彼は知りすぎていた。
声は、存在しても届かないことがある。
惑星の地表で、異星人と初めて接触した日。
通信は一時的に乱れ、すぐに復旧した。
原因不明。
再現不可。
ユンは、そのログを誰にも見せず、
個人端末に保存した。
――説明できない現象は、
まだ「問題」ではない。
だが夜、一人になると、
彼は必ず思い出す。
かつて、
「あとでかけ直す」と言ったまま、
二度と繋がらなかった声を。
そして百年後、
誰もが知ることになる。
通信は、壊れたのではなかった。
最初から、届いていなかったのかもしれないと。




