第3話 マヤ・ロドリゲス ――救えなかった命の数
リオは、マヤがいつも少し距離を取って立つことを知っていた。
輪の外、けれど決して背を向けない位置。
彼女はそこから、全体を見渡している。
「また数えてるのか?」
何気なく投げた言葉に、マヤは小さく首を振った。
「数えるのは、もうやめたわ」
だが、その答えが真実でないことを、リオは感じ取っていた。
――彼女は、忘れていない。
忘れられるはずがない。
生物学者として、マヤは地球の異変を誰よりも早く知っていた。
海の温度、植物の変異、微生物の異常増殖。
データは、いつも正確だった。
数字は嘘をつかない。
でも、人は数字を見ない。
それが、マヤの心の奥に沈んだ言葉だった。
会議室で警鐘を鳴らしても、
返ってくるのは予算の話や政治的配慮ばかり。
その間にも、種は消え、森は枯れ、
「取り返しのつかない線」を、いくつも越えていった。
もし、もっと早く声を上げていたら。
もし、感情を押し殺さなければ。
マヤは自分を責め続けていた。
それが無意味だとわかっていても。
リオは、彼女の沈黙が、諦めではないことを知っている。
沈黙は、あまりにも多くを背負った人間の形だ。
「この惑星の生態系は、地球とは違う」
調査初日、マヤは淡々とそう言った。
だがその声は、わずかに震えていた。
ここでは、同じ失敗をしない。
もう、見過ごさない。
彼女の視線は、地面の小さな生命にまで注がれている。
リオは思う。
彼女は、地球を救えなかった科学者ではない。
地球を最後まで愛していた人間だ。
「マヤ」
呼び止めると、彼女は少し驚いたように振り返った。
「この星は……君に見てもらえて、幸運だと思う」
一瞬、言葉に詰まり、
それから彼女は、ほんのわずかに微笑んだ。
「そう言ってくれる人が、一人でもいれば」
マヤは空を見上げる。
「私は、また調べられる。
それだけで、十分なの」
その横顔を見ながら、リオは確信する。
彼女は贖罪のためにここにいるのではない。
次こそ、守るために。




