第95話「掛け合い」
俺が通話ボタンを押さずに惚けていると、後藤が再度インターホンをならした。
モニター越しの後藤は、腕を組んで人差し指が上下に動き、若干イライラしているように見えた。
「はい、佐藤です。」
『いるなら1回で出なよ。あたしも暇じゃないんだけど。開けて。男用住宅なんだから、共用応接スペースあるでしょ。』
「…わかりました。」
俺はエントランスのオートロックの鍵を開け、上着を掴んでエントランスに向かった。
エントランスに着くと、待合スペースのソファに大股開きで座っている後藤と目が合った。
「久しぶり、案外元気そうだね。」
「後藤部長もお変わりないようで。応接スペース借りてきたので、こっちにどうぞ。」
この警視庁の男性用住宅は、女性に狙われやすいため、基本的に女性が居住エリアに入ることができない。
そのため、女性との応対は全て応接スペースもしくはエントランスですることになっている。
応接スペースは会話は外に聞こえないものの、ガラス張りとなっており、外から状況が確認できるようになっている。
「この部屋ですね。」
「初めて来たけど、コンシュルジュはいるわ、エントランスのソファはふかふかだわ、公金でこんなにいいマンションを借り切るなんて。相変わらず男は恵まれてるね。」
相変わらずトゲのある言葉だが、どこか懐かしくて思わず笑ってしまった。
「…それで、要件聞かせてもらえますか?」
俺が後藤の向かいに座り、質問した。
「謹慎になった元上司の顔を見にきた。」
「こんな顔ですが、お気に召しました?」
「相変わらず返しがうざい。へこんでるかと思って励ましに来てあげたってのに。」
そう言いながらも後藤は笑顔になった。
「これでもかなりショック受けてますよ。捜一、防犯、謹慎って、もうこの後待ってるのはクビしかないですよ。」
「あんたをクビにする組織だったら、うちの組織は見込みないね。」
後藤がそう言いながら顔をそむけ、その時に見えた頬のあたりが少し赤いような気がした。
「まさか後藤部長から褒められる日が来るとは……配属時には思わなかったですね。」
「うっさ。はー、来て損した。」
そう言いながら机に突っ伏し始める後藤に、優しく声をかける。
「そろそろ、要件聞かせてもらえないですか?」
俺の質問に体を起こし、後藤が真面目な顔を向けてきた。
「要件は3つ。いい話、すごくいい話、物凄くいい話。どれから聞きたい?」
「何ですかその3択。じゃあいい話で。」
「LUXE本部が人手不足。31日に踏み込むときに必要な人員が足りなくて、オークション会場の管轄署である池袋署員は、ほぼ全員招集が決まった。」
後藤は足を組み、鼻を鳴らした。
「なるほど。謹慎中ではあるものの、オークションの被害男性ケアを考えたら、そこに私が組み込まれる可能性がなくは無いと。」
「さぁ?それは知らない。ただ、『池袋署の防犯係長』が使える奴で、そいつの計らいで、31日に甘南備から物を運ぶバイトの内容を把握したことが切掛なのは間違いないね。」
「そんな使える人材がいるなら、捜査本部に入れた方がいいでしょうね。」
俺の発言に、後藤が冷ややかな視線を向けてきた。
「あんたやっぱり自己評価高いんだね。」
「あ、私のことだったんですね!」
「さっきから、わざとやってるよね?テンションおかしくない?」
後藤はそう言いながらも、わずかに目を細めた。
叱っているようでいて、どこか安心したような、そんな表情。
「正直、最近いろいろ在りすぎて精神的なアップダウンが激しかったんです。そこで、気心知れた後藤部長と話をした結果なので、容赦してください。」
後藤は「そういうの、ほんと辞めてほしい」とぼそっと呟いた。
俺は聞こえないふりをして、話を続けた。
「で、凄くいい話って何です?」
後藤は深く息を吐き、テーブルの上に封筒を置く。
「…はい、これ。」
「…これが凄くいい話なんですか?」
俺が茶封筒を開けると、クリアファイルに紙が数枚入っていた。
「5月31日に実施予定の『池袋防犯パトロール活動』の計画書。」
中身を確認すると、甘南備、ドリームビル、繁華街の付近を、防犯協会がパトロールを行う内容が記載されていた。
詐欺防止のチラシ配布に見せかけた人海戦術の監視体制作り。
警察官の不足分を防犯協会を使って補填し、ダメ押しで青パトの巡回で相手方の行動を確認する。
オークション会場がギリギリで変更されたとしても、甘南備付近の全てを監視すれば会場特定ができるという作戦だ。
そこに『流動的に現場対応:S係長(予定)』と表記を見つけ、口元が緩む。
「どうして後藤部長がこれを?私がこれから、関統括と防犯協会長さんに依頼しようと考えてたのに。」
まだ詰めきれておらず、急拵えであることは分かったが、対応が早すぎることにシンプルに驚いた。
「関のババアに私から頼んで、速攻作ってもらった。中村……主任からあんたの状況聞いたしね。」
山崎の指導が行き届いているのか、中村に敬称を付けたのは意外に思えた。
「関統括とお知り合いなんですか?」
「あたしの前任が池袋の保安。あのババアとは泊まりの班も一緒だったの。」
確かに中村からも後藤からも、特務捜査係の自己紹介では、前任署は言っていなかった。
「あのババアに嫌がられるかと思ったけど、なんかやる気出してすぐ白川さんに連絡したみたいよ。あんた、この短い期間であのババア懐柔するなんて、寝たの?」
いつもの後藤のニヤつきが現れた。
「謹慎中でも、人事のセクハラ110番は繋がるの知ってます?」
「あんたはこの程度じゃ、電話しないでしょ。違う?」
「まぁ、それはさておき、最後の物凄くいい話って何ですか?」
「……言う前にさ」
後藤は少しだけ姿勢を正し、言葉を慎重に選んでいるように視線を逸らした。
「ひとつ誤解解いておくけど、あんたが落ち込んでるって聞いて……なんか、嫌だったのよ。そういう話を耳にするのが。」
「後藤部長のくせに、優しいですね。」
「うっさ、黙れ。」
暴言を吐きながら、赤い顔をした後藤が、俺を指差した。
「で、最後の話は、その『防犯係長』っていうのが使えそうな人材だから捜査本部に入れた方がいいんじゃないかって話が出てる。」
その言葉を聞いて、俺は完全に固まった。
それと同時に俺のスマホが震え始めた。
後藤がそれを見て「出てみな。」と促すので、画面を見ると警視庁の代表番号が通知されていた。
「はい、池袋の佐藤です。」
『警視庁、人事二課です。自宅に居られるとは思いますが、そちらに迎えを送っています。辞令交付がありますので、すぐに本部庁舎へ向かってください。』
電話口の女性はそれだけ言うと、通話をすぐに切ってしまった。
「聞いた?じゃあ、駐車場に車あるから行くよ。」
面を食らってる俺に対し、後藤がしたり顔で親指を立てた。




