第92話「確志」
俺は、若葉から運転をかわってもらい、ゆっくりと車を走らせ始めた。
助手席には水越、先ほどまで運転していた若葉と助手席にいた捜査員は後部座席に移ってもらった。
「まさか、男性に焼肉に誘われる日が来るなんて!仕事頑張っててよかったです!」
後ろから若葉の声が弾んでいるのが分かる。
「ちょちょちょっと!佐藤君!なんで若葉なんだ!私は誘ってくれないのか!私だって頑張ってるぞ!」
助手席の水越が急に対抗意識を燃やし、声を張り上げた。
「水越さんは車に居残りです。」
「そ、そんな…酷いよ佐藤君!」
もはや水越が涙目になっており、少し不憫に思えてきた。
「落ち着いてください。居残りは私もです。」
「「「え?」」」
俺以外の3人の声が綺麗にハモった。
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「じゃあ、あのビルなんで。お願いしますね。」
俺は、車から降り始めた若葉たちに声をかけた。
助手席に移った水越は、妙に情緒が揺れているように感じる。
「……佐藤君。そんなに急いで降ろさなくても。」
助手席の水越が、シートベルトを握ったまましょんぼりと視線を落とす。
「若葉さん達は焼肉楽しんできてください。さっき言ったように入店前の写真だけは忘れずに。」
「は、はい!頑張ります!」
若葉達を下した後、俺はすぐさま方向指示器を付け、道に戻った。
「いやぁ、運転してもらって申し訳ないね…はは……」
水越が気まずそうに頭を掻いた。
「青免無いなら仕方ないですよ。それに私は運転好きなので大丈夫です。」
青免とは、警察車両を運転するための免許だ。
元々警察官では無い水越は持ってないのは当たり前だが、凄く居心地が悪そうにもじもじしている。
「水越さん。俺の運転で酔ってしまいました?」
俺が心配そうに尋ねると、心なしか水越の頬が赤いような気がした。
「い、いやっ!そんな事はない!ある種そうではあるものの、そうじゃないから!」
「…言っておきますが、ドライブデートじゃないですから。」
「だ、だよな!うん、そうだよな!デートなわけないよな!」
声が裏返っている。
水越は慌てて窓の外へ顔を向けたが、耳まで真っ赤になっているのが横目に見えた。
「水越さん、体調が悪いならちょっと止めますよ。」
「違うってば!ほ、ほら、あのさ……!」
急にこちらを向き、水越は唇を噛んでから、勇気を振り絞るように口を開いた。
「……佐藤君、戻ってきてよ。」
「……え?」
唐突な言葉に、思わず方向指示器を点けかけていた指が止まる。
「捜査本部。いてくれないと、なんか……落ち着かないっていうか……進まないというか…」
水越は両手を膝の上に置き、視線を落として言葉を続けた。
「佐藤君が池袋に出てから、捜査本部は歪な感じに見えてさ……私も納得してないんだ。佐藤君がいないと、なんかこう、すごく窮屈で……」
弱音を吐くような声はいつもの水越らしくない。
俺は小さく息を吸った。
「……組織の決定には逆らえませんから。俺がどれだけ戻りたくても、辞令が無ければ。」
「そんなの……わかってるよ。」
水越は悔しそうに拳を握った。
「わかってるけど……!でも、あの部屋に佐藤君がいないの、すごく嫌なんだよ……」
不意に走る沈黙。
窓に流れる街灯の明かりが、水越の横顔を淡く照らす。
「……水越さん。おそらく31日オークション会場は若葉さん達が行っている焼肉屋の地下、風俗店跡です。」
「そう推測してるのはさっき聞いた。」
「その日から、そっちに合流しますよ。」
これは決意だ。
『置かれた場所で咲く』んじゃない。
『咲く場所は自分で掴み取る』
警大に入った時だって、捜一に着任した時だって、俺はそうしてきたじゃないか。
「さっき、辞令が出ないとって言ってたじゃないか。」
「出ないなら、出させるだけです。……俺は、水越さんの気持ちを無駄にはしません。」
「…………うん。」
「だから、待って居て下さい。あなたとタッグを組むに相応しい事件屋として戻ってくるのを。」
水越は驚いたように目を丸くした。
そして少しだけ顔をそむけ、窓の方を見ながらぽつりと言った。
「……そういうの、簡単に言うなよ。期待するだろ……佐藤君のバカ。」
横目で見た水越の横顔は、ほんの少し笑っていて、ほんの少し泣きそうだった。
その時、メッセージ着信の音が聞こえた。
車を横付けしてメッセージを開くと焼肉屋の前でピースをしている若葉の写真が送られてきた。
背景にバッチリ『おせおせ学園』があったであろう地下の入り口も写っている。
画像を拡大すると、その入り口にスーツ姿のメガネの女性。
「水越さん!今きた画像、鮮明化してください!」
水越は、俺の声に応えるようにパソコンを開き、画像解析ソフトを立ち上げた。
「この、若葉さんの背景の地下の入り口付近をお願いします!」
「わかった、すぐ終わるよ。」
徐々に鮮明になっていくスーツ姿の女性を見て、俺は驚愕した。
なぜなら、その女性の姿は、髪型も背格好も、倉橋和美に酷似していたからだ。




