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1/96〜男女比1:96の貞操逆転世界で生きる男刑事〜  作者: Pyayume
第七章「潜流」

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第86話「瓢箪から駒」

同日、午後6時。


池袋共生区の奥、裏通りに灯る小さな料亭「白南風しろはえ」は佇んでいた。


引き戸を開けた瞬間、仲居さんが出迎えてくれた。


男の俺が居ても気にする様子はなく、その立ち振る舞いは優雅だった。


店内は照明が落とされ、ほのかに甘い煙の匂いが鼻を掠めた。


案内された部屋には白川と関はすでに奥の座敷に座っており、卓上にはグラスが三つ。


「遅かったわね、佐藤さん。」


「申し訳ありません、締めの作業で少し……。」


白川は笑みを浮かべ、グラスを手に取った。


「気にしないで。あなたが来てくれて嬉しいわ。男性警察官なんて採用CMでしか見たことなかったもの。」


乾杯が終わると、白川はさりげなく話題を振った。


「佐藤さん、まだお若いように見えるけれど、係長さんなのよね?」


「ええ、こいつはまだ、警察大学を出たばかりのひよっこで修行中ですよ。」


関は先ほどとは異なり、穏やかな雰囲気だった。


「男性で警察大学ですか。優秀な方なんですね。」


白川は、ふと箸を置き、酒の入ったグラスを静かに回した。


「実は……少し相談があるの。ちょっと近所では評判が悪い店があって。」


「どういったお店ですか?住人の方が不安に思うことを解決することが私たちの仕事ですから、何でも仰って下さい。」


関は眉を寄せ、相槌を打つ。


「……甘南備っていう水煙草のお店、知ってるかしら?」


俺は驚きで声が出せなかった。


まさか、こんなところで甘南備の名前が出るとは思わなかったためだ。


「管内の事は勿論把握しています。池袋共生区の奥のところですよね。白南風から少し歩いたところの、昼間は落ち着いてるけど、夜になると人の出が結構あるところですね?」


関の問いかけに白川は小さくうなずいた。


「そうです。で、町内会と防犯協会がそこに関する車の動きが怪しいって耳を寄せ合ってるのよ。」


俺は、一度箸をおき、白川の顔を見つめた。上げた。


「車の動きですか?」


「そうなの。何だか月に1回くらい、深夜にミニバンが止まって何かを積み下ろしているって話が続いてるの。時間はだいたい午前1〜2時あたり。見た人の話じゃ荷物は小さめで、個数も少ないみたい。ただ、定期的に深夜素早く積むから気持ち悪いねって話がでてるの。」


関の手が、グラスの縁に触れて止まる。


「深夜帯に荷物の積み下ろし。…しかも定期的ってなれば十分に不審ですね。」


白川は小さく息を吐いた。


「でも、それだけじゃなくてね。そのミニバンが来た日から大体一週間以内に、今度は夕方にワゴンタイプの車が数台、甘南備の前に停まることが多いみたい。ワゴンは常に複数台で、短時間の滞在のあとにどこかへ走っていくらしいの。」


俺はゆっくりと視線を巡らせた。


「頻度が決まってるということは、何か定例の仕入れか何かの可能性もあるかもしれませんね。」


「そうでもなくて、甘南備のお店で扱っているものは宅配会社が届けてると思うのよ。2日に1回くらいのペースで宅配会社が積み下ろしをしているのは、みんな知ってるわ。」


俺の言葉を白川がやんわり否定すると、関が続いた。


「確かに、定期的に仕入れるものは普通宅配会社ですよね。そのほうが配送は確実ですし、経理処理も楽ですしね。」


「そうですよね。」白川が続ける。


「で、最後にオーナーの大原さんという方が不義理だという声が多くて。町内会や防犯協会の会合には一切顔を出さないの。もちろん町内会費を払っていないから名簿には載っていないし、会合に招いても『忙しい』と『外出中』で片付けられてしまうの。他のお店さんはコミュニティに溶け込むのに、彼女が周りと距離を置くのは如何なものかと言われてるの。」


関が指でグラスを軽く叩き、その音が小さく響く。


「地域活動に無関心、顔を見せないというだけで余計に疑われる。住民からすれば、地域に密着しようとしていない店は怪しい。周りに説明責任を果たしていないって印象になるもの。」


白川は、箸で小鉢をつつきながら言葉を添えた。


「それに、甘南備の店員に男性がちらほらいるでしょ?でも入れ替わりが激しいって話があるの。この前そこに行った方が『前まで居た若い男が、昨日見たらもういなかった』って。そういうのが常態化してるらしいのよ。」


甘南備は地域住人の中では怪しい店であるということ、その理由。


この情報は、普通の捜査の場合、月単位での張り込みが成功したことでしか得られないものだ。


地域住民との繋がりが次の警察活動に繋がる。


これが、防犯係の仕事か。


「今お話し頂いた情報は確かに不審な情報です。教えていただきありがとうございました。」


「出来れば早く理由が分かるといいんだけれど。まぁ、私達が不安に思っているってことは知っていて欲しかったんです。」


白川はそういうと、机のグラスを上品に一口飲んだ。


関は短く息を吐き、俺の方に一瞬だけ視線を向けると、白川に向き直った。


「白川さん、ちょうど私と佐藤は明日泊まり勤務なんで、ついでに甘南備の周り見てみますよ。他の宿直員にも情報共有しておきます。」


白川はグラスの縁を指先でなぞり、ゆっくりと微笑んだ。


「ええ、お願いね。あくまで気になるってだけだから。大げさにしなくていいの。」


関が穏やかに頷く。


「承知しました。様子を見て、何かあればまた報告します。」


「ありがとうね。……こうして話を聞いてもらえるだけで安心するの。」


白川は少し肩の力を抜き、盃を置いた。


そして、呟くように言った。


「最近、池袋もずいぶん変わったわね。人も増えて、店も派手になって。……でも、どこか冷たくなった気がする。」


関は少しだけ笑った。


「ええ。繁華街としてどんどん成長して、ビルも建って、昔ながらの商店街も追いやられてしまいました。」


白川は頷くと、視線を俺の方に戻した。


「佐藤さん、それでも私達は池袋の街が好きなのよ。できればあなたにも同じ気持ちで仕事をしてほしい。」


その言葉に、一瞬、答えが遅れた。


俺は盃を傾けながら、静かに言葉を探す。


「もちろんです。……自分の住む街だと思って、皆さんの安心を守ります。」


白川の目に、わずかな安心の色が浮かんだ。


「それなら良かった。この街を本気で見てくれる人がいるなら、少し安心できるわ。」


関が時計を見て立ち上がる。


「遅くなりましたね。白川さん、今日はありがとうございました。」


関の言葉に、白川は丁寧に頭を下げた。


「こちらこそ。どうか、気をつけて。」



店を出ると、外気は少しひんやりしていた。


俺は白川の言葉を胸に刻みながら、夜の街のざわめきを聞いた。


遠くでエンジン音が響き、その音が、どこか甘南備の前に停まる車と重なった気がした。

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