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1/96〜男女比1:96の貞操逆転世界で生きる男刑事〜  作者: Pyayume
第七章「潜 流」

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第85話「防犯講習」

5月20日、午前11時30分。


池袋警察署に来てから1週間が経ち、周りの視線にも慣れてきた。


防犯係は本当に刑事課とは違う係だ。


唯一、宿直で事案が入れば捜査ができると思っていたが、初回の宿直はそういう事案は無かった。


『パートナー同士のDV』、『自殺企図』、『居酒屋での料金ゴタ』。


自分の刑事としてやっていくためにしていた努力が否定された気がしていた。


そんな弱音を吐きたくなくて、異動してから、特務捜査係とは連絡をとっていない。


正確には昨晩、中村からこんなメッセージが来ていた。


<無事、LUXEの4名は監禁と国家資源毀損で起訴されました。再逮捕等の情報は保秘の観点から伝えられません。ただ、間違いなく佐藤さんのおかげです。ありがとうございました。>


やはり、俺がいなくても何とでもなるのがこの組織かと痛感した。


さらに、一か月足らず同じ場所に勤務したからと言って、捜査の現状を教えられるほど組織の縦割りは甘く無い。


こちらから返信しても、疎外感を感じるメッセージが返ってくるだけだろう。


そんなことを考えながら、俺は相変わらずざわついている署内を移動し、職員専用食堂に入った。


「……今日の日替わりはカツカレーか。焼き鯖定食にしよう。」


今日の午後は初めての防犯講習で、講話をしなければいけない。


シャツにカレーのシミを作るわけにはいかない。


定食を食堂のおばちゃんから受け取り、隅の席に腰を下ろした。


焼きたてのサバの匂いが食欲をそそる。


俺のすぐ斜め後ろのテーブルから、こそこそ声が漏れてくる。


「あの人、男なのに警大卒キャリアで、捜一に居たのに、1か月でお払い箱らしいよ。」


「国家資源として使えないから警察になったのかな。」


「そうじゃ無い?交番《PB》にしら付いた事無い警察官《PM》なんて、誰も信用しないよ。」


「しかも、被害者支援課とか広報課じゃなく、男で警察署勤務って……上は辞めさせたいんじゃない?」


「まあ、男で警大卒キャリアとか、意味わかんないもんね。」


笑い混じりの声が少しだけ、いやかなり気にはなったが、気にしない素振りでサバを口に運ぶ。


署内食堂は味はうまいし安いが、如何せん男一人で食事するには環境が良くないな。


やはり、署員500名の中に1人だけ男というのは目立つし、慣れていないのだろう。


俺は残りをさっと飲み込み、立ち上がった。


---


区民ひろば西池袋。


木製の椅子が整然と並び、老齢の女性たちが座っている。


前列には防犯協会の女性たちが腕を組んでいる。


皆、俺の方を舐め回すように見ており、視線が不快に感じる。


共生区での講話のはずだが、男性参加者はもちろんいない。


「……では、次にスマートフォン利用に関する講話を行います。」


俺の喋る声がマイクを通して、やけに高く響いた。


壇上の右隣では、統括係長の関が腕を組んで俺を見ている。


無表情だが、まるで失敗しないか監視しているような目だった。


「最近スマートフォンでSNSを楽しんでおられる方も多いと思いますが、気を付けていただきたいこと3つございます。」


自分の声が棒読みのように聞こえた。


正直、全くモチベーションが上がらないところがある。


前世からずっと刑事畑で歩いてきた俺は、防犯より捜査がしたいと思っているからだろう。


いや、どこかで生活安全課より刑事課が偉いと思っていたのかもしれない。


「1つ目は、投資話に乗らない事。2つ目は、金払いのいいバイトに応募しない事。3つ目は、男性を名乗るアカウントの発言を本気にしない事です。」


それでも言葉を重ねる。


防犯啓発という名の業務は、事件に関わる余地など、どこにもない。


女性だけの視線が、俺の一挙手一投足を品定めしているように感じた。


講話が進むほど、不快感が増す気がする。


---


「最後に、防犯には『自分の意識が一番大事』ということをお忘れないようお願いいたします。それでは講演を終わります。」


講話が終わると、拍手が起こり、関と俺が形式的に礼をした。


関は特に叱責も労いもなく、詰まらなそうに俺を一瞥した。



講習後に配布していた啓発パンフレットも少なくなってきたため、片付けを始めると、一人の女性がゆっくりと近づいてきた。


仕立ての良いグレーのスーツ、六十前後だが、姿勢が良く、目が笑っていない。


その視線に、どこか取調室の被疑者を思わせる観察の気配を感じた。


「佐藤さんね。まさか本当に、防犯講和を男性がしてくださるなんて、驚きました。」


「あ、はい。池袋署防犯係の佐藤です。こちらこそ、拙い話を聞いて頂きありがとうございます。」


「なるほど……丁寧なご挨拶ありがとうございます。池袋防犯協会理事の白川と申します。」


軽く笑うと、彼女は胸元のブローチを整えた。


首から提げられた名札には「池袋防犯協会会長 白川美鈴」。


「講習初めてだったものね。これからもっともっといろんな方に向けて話してほしいものね。」


俺は礼を述べたが、白川は帰る気配を見せず、関に問いかけた。


「……関さん。この後の予定は?」


「片付けも粗方終わりましたんで、署に戻って荷物置いたら、帰ろうかと思っています。私とこいつは明日泊まり勤務なんで。」


白川は少し考えるそぶりをした。


「……そうですか、では残業を頼んでもいいかしら?防犯協会と今後の活動検討会ということで。」


「もちろんです!場所と時間はいつものところで良いですか?」


これは、検討会名目で飲み会をしようということだと、すぐに理解した。


いつもの、という表現からこの二人が懇意にしている間柄であることは分かった。


「場所だけ変えたいわ。池袋共生区にある白南風しろはえに3席用意しておくわね。」


「えっ!?私も!?…いたっ!」


俺は巻き込まれたことに、驚いたが、関に肘で小突かれて口を閉じた。


「白川さん!すぐ片づけて、こいつ共々伺いますのでよろしくお願いします!」


関がそう言うと、白川は満足そうに立ち去った。


白川の姿が見えなくなり、関が不満と怒りの表情で俺を見た。


「おい、お前防犯の仕事なんだと思ってんだ。」


「地域住民の安全を守るための活動で、啓発活動、防犯パトロールの支援、防犯灯や防犯カメラの設置で被害防止を促進する仕事ですね。」


関は俺の言葉を聞いて顔を赤くした。


「それが分かってるなら、それは俺たちだけで完遂できることか?署から割かれる防犯係の予算はいくらだ?係員は何人だ?」


憤慨している関は止まらない。


「防犯って仕事はな、警察官だけじゃ出来ねえんだ。地域の方の中で『警察と一緒に安全な街作りをしよう』って言ってくれる人が、金も人も出してくれて、そういう協力のおかげで成り立ってんだよ。今日の講話のやる気のなさは何だ!さっきの白川さんへの態度は何なんだ!」


さらに、関は俺の方に一歩近づいた。


「警大主席?捜査第一課?だから何だ。お前はそんなものの前に一人の警察官なんだよ。分かってねぇ顔してんな。だったら警察法2条1項言ってみろ。」


「……はい。…『警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務とする。』…ですね。」


突然のことに俺は反応に困ったが、俺の口は淀みなく答えた。


「警察としての仕事、条文の一番初めに来るのは『犯罪の予防』だ。警察官が一番先に考えることは『国民が、犯罪に合わないようにするための方法』なんだよ。」


その言葉に俺は衝撃を受け、さっきまでの自分を恥じた。


捜査から外されふてくされていた気持ちが無いわけではない。


しかし、そんな思いでしていい仕事ではなかったのだ。


「だから全員最初は地域警察官やるんだ。制服着て、街に立って、犯罪を企ててるやつを威嚇して、自分の見える範囲で犯罪が起こらないように警戒してんだよ。警大キャリア初の男でちやほやされて、交番にすら立ったことないから、そんなことすら分かんねえんだ。」


俺は黙ってうなずいた。


それが、今の俺にできる、唯一の敬礼だった。



「妹が褒めてたからどんな奴かと思ったら、所詮は国家資源様じゃねえかよ。」


最後の関の言葉は、うっすら耳に届く程度の小ささだった。

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