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1/96〜男女比1:96の貞操逆転世界で生きる男刑事〜  作者: Pyayume
第七章「潜流」

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第82話「漂着」

5月12日、午後10時20分。


いよいよ、内山みのりが残したメッセージの時刻が近づく。


俺は執務室で、香川出張組の山崎たちからの連絡を待ちながら、身辺整理をしていた。


警察六法、判例集、これまでの捜査資料に朝食の食器セット。


手を止めるたびに、ここ1か月の記憶が逆光のように差し込んできた。


紙の音と時計の針の音が、静かに響いていた。


中村は時折こちらに視線を投げかけてくるが、俺と目が合うとさっと逸らしてしまう。


すると、山崎から着信が来た。


俺は一拍置いて、受信ボタンを押した。


『山崎だ。対象地点の弁天島南端で張ってたら船が一隻近づいてきた。海中は横峯と森下が確認予定だ。後藤は今、周囲の警戒に出てる。』


背後で海風の音と、船の金属音が混じる。


「了解、そのまま頼みます。」


『人影もあるから一旦切るぞ』


山崎からの通信が切れ、中村が口を開いた。


「ねぇ、あの事いつ言うの?」


「今日のうちには言いますよ。ただ、少なくとも今じゃないです。」


「それはそうだけど、さ。」


中村はそれ以上言わずに、自作業に戻った。


20分くらい経ち、再び山崎から通話がきた。


今度はグループ通話らしく横峯の声が微かに聞こえた。


『横峯です。船底部のシーチェストに固定されていたもの一部確保しました。森下さんから写真送ってもらいます。』


森下から送られた写真には、シーチェストの中にラップに包まれた何かの束が数十個。


そしてシーチェストの檻の一本にくくりつけられたUSBだった。


『薬の束一つと、USBを今持ち帰ってきたところです。』


『水越です。間も無くUSBの複写が終わるので、終わったら森下さんがUSBをシーチェストに戻す予定です。』


「……わかりました。くれぐれも慎重にお願いします。」


俺の指示に了解との返事がされ通話が切れた。


机の上に置かれたマグカップの湯気が、細く震える。


「USBと薬ですか。いよいよ男性売買オークションが現実的になってきましたね。」


俺の声に中村は悲しそうに俯いた。


「ねぇ、悔しくないの?」


泣きそうな声で俺に問いかける中村。


「組織に所属してる身ですから。個人が本懐を遂げることより、組織の事情が優先されることは当たり前にある事でしょう。」


「そういう話じゃなくて!…佐藤主任が居なかったら、この事件が空っぽになっちゃう!あなた以外誰もまとめられないよ…」


「ですが、余人をもって代えがたいのであれば今回の辞令は無かったでしょうね。ひとえに私の能力不足です。」


中村が涙目になりながら何か言おうとした時、三度目の着信がなった。


「係長からです。出ますね。」


俺は中村にそう言って、通話を繋げた。


『佐藤!薬がばっちりあった!だから少量だけ確保した!USBの複写と内容確認も水越が終わったそうだ!』


続く水越の声は、いつもより少し早口だった。


『ファイルは二つ。market_access.keyとQR付きのPDF!暗号化されてたけど、解除済み。住所と日時割れたよ。』


「いつ、どこですか?」


『日時、5月31日、22時。場所は池袋西一番街のドリームビル8階。タイトルは、Bright Future。』


現場の誰かが息を呑む音が聞こえた。


その静寂の中で、海の波音だけが生々しく響いていた。


「甘南備と同じ池袋にオークションの会場が、実在する……」


俺はそう呟いたが、胸の奥は不思議と冷たかった。


『佐藤主任? 聞こえてるか?』


「……はい。」


自分でも驚くほど、声が遠くにあった。


山崎が通話の向こうで息を整え、言った。


『これでようやく次の手に進めるな。佐藤主任のおかげだよ!』


俺は返事をためらった。


喉に何か重たいものが張り付いて、言葉が出なかった。


『これで次の手は決まったな!総力戦で乗り込もう!!』


「……係長。」


『どうした?声、暗いぞ。』


少し間を置いて、俺はようやく口を開いた。


「今日の昼前に、異動の示達が出ました。……私は、池袋警察署の防犯係長としての勤務です。」


無線の向こうが一瞬、静まり返った。


『は……異動?それに防犯?…捜査畑ですらないのか!?いつの話だ、それ。』


「明日付けです。地方実務収集の一環とのことです。……LUXE事件の捜査を続けられず、すみません。」


しばらくの沈黙。


船のエンジン音だけが、ゆっくりと低く唸っている。


『……示達は誰から受けた?』


山崎の声が低く、どこか掠れていた。


「御厨理事官に呼ばれ、受けました。」


『…そうか。タイミングが悪すぎるな。だが、辞令には逆らえん。』


「はい。」


『御厨理事官は何か言ってたか?』


「『すまない(・・・・)。』とだけ。」


短く答えたものの、胸の奥では何かが音を立てて崩れていた。


『それだけか……何かおかしい……。このタイミングで辞令なんて……確定的な証拠を見つけたばかりなのに。』


山崎の声に少し怒りが混じった気がした。


さらに、水越が気丈に声を出す。


『佐藤君、こっちはちゃんとやり切るよ!必ず全部を解析で明らかにするよ!』


「……頼みます。直接皆さんに挨拶できずに離れる事を許してください。」


そう言って通話を切るった時、俺はふと、自分を応援してくれていた『関教官』の事を思い出した。


彼女に連絡しないのは不義理だろうとメッセージを打った。


〈突然のご連絡となりましたが、異動となります。次は刑事ではなく池袋署の防犯係長とのこです。短い間でしたが、刑事の仕事は楽しかったです。〉



この事件は、まだ終わらない。


それなのに、俺だけが切り離される。


『刑事という職務』が線香花火の火のようにポトリと落ちた感覚だ。


その時、自分の手の中に残るのは、何なのだろうか。


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