第79話「中村英子:信頼関係」
「……ありがとう、内山さん。いまの話、すべて記録に残す。」
「どうせ、誰も信じないよ。警察だって、国の、いや資源庁の犬でしょ。」
皮肉とも諦めともつかない笑み。
私は否定しなかった。
事実、あの組織に関わる報告は何層もの決裁を経て、どこかで削られる。
都合の悪い真実ほど、簡単に消える。
ノートパソコンを再び開き、指先だけが職務を続けている。
感情を切り離した指が、淡々と記録を打ち込む。
<資源庁管理対策官・福田弥生/資源庁における他の関与者の可能性>
<シーシャバー甘南備の薬物密輸ルート?>
<LUXEの部屋にあった脳波計がLUXE内薬物使用の可能性を示している?>
キーを打つたび、どこまで捜査出来るのか不安に駆られる。
「……また明日も、取り調べしてくれる?」
内山がかすかに呟いた。
「もちろん。」
返した言葉は、思っていたよりも小さかった。
取調室から出ると、廊下の窓越しに、外の光が細く差し込んでいた。
白すぎる光だった。
まるで、誰かが“真実”を消毒しているように見えた。
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5月8日、午前10時15分。
再び第47号取調室。
昨日と同じ椅子、同じ机、同じ時計。
だが、内山の表情だけが、少し違っていた。
まぶたの下の赤みは消えていない。
それでも彼女は昨日よりも落ち着いて、椅子に腰を下ろした。
「昨日の続き、いい?」
私がノートパソコンを開くと、いまりは小さく頷いた。
「……あの薬の話をしたあと、警察内部の反応は?」
「うん。そのことも捜査していくことになったよ。LUXEの設備で脳波計とかもあったことが、内山さんの話を裏付けることにもなるし。」
私の言葉に内山は頷いた。
「なら、昨日の続き。基本的に薬を飲ませた後は脳波計付けて眠ってもらうんだけど、そのデータを医者の倉橋和美に送ることになってたの。みのりの説明だと東京科学大学の共同研究だって。資源庁の許可済みで、治験データを集めてるって。」
彼女は視線を落とした。
「で、そのデータを見て、倉橋先生が治療の必要があるって判断したら、その男を病院に連れて行くの。精密検査って聞いてたけどね。」
「私達がLUXEに踏み込んだ時、一部屋開いていたけど、彼は?」
「ああ、石田翔一君かな?あの子も甘南備に連れていかれたよ。脳波パターンがちょっとおかしいから検査しようって。」
私は手を止めた。
「石田翔一……?」
「うん。最初はみんなと一緒の反応だったけど、運ばれる日の前日はちょっと壁に頭打ち付けて自傷しちゃって。で、倉橋先生のとこに行ったの。多分、再教育っていうのだと思ってる。」
「再教育?」
「うん。偶然倉橋先生と甘南備であったとき、そんなこと言ってた。薬で異常が出たら再教育するんだって。そうすると、温和で精液提供回数が多い理想的な男性になる傾向があるって。冗談みたいな話だけど、倉橋先生の目は笑ってなかった。」
いまりは両手を組み、肩を震わせた。
「中村さん。多分『再教育』って言葉、資源庁は本気だよ。まるで人間を治すんじゃなくて、作り直すみたいに。」
内山が無言になったため、私はメモした供述内容を整理し始めた。
私はゆっくりと呼吸を整え、キーボードを打ち込む。
<倉橋医師/東京科学大学・資源庁許可研究>
<被験者 石田翔一/甘南備に連行・消息不明>
ふと顔をあげると、内山の目の奥に、まだ泣き切れていない痛みが光っていた。
私は画面の中に視線を戻すと「東京科学大学」「倉橋和美」「石田翔一」という文字が並ぶ。
どれも、今後の捜査では必要不可欠だろう。
「……中村さん。」
パソコンとにらめっこしていると、前から声がした。
向きあがると、内山が私をじっと見ていた。
彼女は少し黙り、机の一点を見つめていた。
「……今、ふと思い出したんだけど。シーチェストって知ってる?」
「シーチェスト?」
「うん。前、大原とみのりが話してる時のこと思い出したの。シーチェストがどうとかって。でもうろ覚えだから自信ないけど、何かの参考になればって。」
そう言って彼女は、両手を膝の上に置いたまま、再び静かに俯いた。
私は、記録を打った。
<大原、みのり間でのやり取りシーチェスト>
キーを叩く音が、自分の心臓の鼓動と重なった。
「だいたい話せるところは話せたと思う。だから、中村さんよろしくね。」
内山がそう言って頭を下げた。
「わかった。貰った情報は必ず捜査に役立てるから。」
私はそう言って、供述調書の作成画面に切り替えた。
「じゃあ、残ってる取り調べ時間は、監禁事件の方の話ね。」
「わかった。そっちは自分がしたことだから。」
内山の了承を聞き、私は再度取り調べを始めた。




