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1/96〜男女比1:96の貞操逆転世界で生きる男刑事〜  作者: Pyayume
第六章「山羊」

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第78話「中村英子:青天の霹靂」

5月7日、午前9時52分。


警視庁本部第47号取調室で私は今日も内山いまりと向かい合っている。


机の上に置いてあるノートパソコンを今は閉じて、腕時計の秒針だけが、静かに私の鼓動をなぞる。


きちんと会話のキャッチボールが成り立ち、取り調べ開始直後は留置場の不満を聞くのが日課になってきた。


「中村さん!留置場のご飯何とかならない?朝からコロッケとジャムトーストとか重いんだけど!」


そう言いながらケラケラと笑っている内山は、まだ妹の事を知らない。


告げる言葉の重さを想像するたび、舌の裏に苦味が広がった。


刑事として淡々と伝えるべきなのに、どうしても人としての言葉が先に浮かぶ。


「ねぇ中村さん聞いてる?」と、少し不満げな顔で私に話しかける内山。


「ごめんごめん、留置場の食事はさすがに私でもどうにも出来ないよ。」


そう言いながら、愛想笑いで返す。


「まぁご飯の話はこれくらいで、今日は妹さんの話を聞きたいんだよね。」


私がそう言った時、取調室の電話が鳴った。


「内山さんちょっとごめんね、電話出るから。」


受話器を取ると、留置担当の女性の声。


『弁護人の先生が面会希望です。……すぐに。』


一瞬の間が、胸に冷たい針を刺す。


私は受話器を置き、内山に正対した。


「弁護士の先生が来てるって。取り調べ中断するから、また先生との話が終わった後でね。」


そう言って、内山を留置場に返した。


急遽の弁護人接見、しかも朝一とくれば報道のこと、みのりが亡くなったこと、私より先に伝えるかもしれない。


それでも、彼女は取り調べに応じてくれるだろうか。


私が不安を感じた時、だいたいそれは当たるような気がする。


いまりが再び取調室に現れたのは3時間半後のことだった。


---


扉が開いた瞬間、空気が変わった。


内山はうつむき加減で入ってきて、私を見るなり、静かに言った。


「中村さん……どうして、妹のこと……みのりのこと……私に黙ってたの?」


内山の声の震えが無いことが、かえって私の背筋を冷たくさせた。


私には、怒りの温度が高すぎて、逆に凍ってしまったように感じたからだ。


「弁護士の先生から聞いたの?」


「そう。死んだのって3日前の朝方だって……自殺だって。信じられる?」


彼女の目は、怒りと悲しみが絡み合った深い色をしていた。


「あなたたち、警察は知ってたんでしょ?死んだ時点で!」


私は言葉を選びたかったが、どんな説明も、今の彼女には届かない気がした。


「……報告は今朝、正式に入ったの。私も知ったのは……」


「嘘でしょ!!」


内山の絶叫が響いた。


「昨日からニュースで、妹がLUXEに男送るためにランク改ざんしたって!バレたから死んで逃げたって!ネットも炎上してるって!先生が新聞も見せてくれた!『資源庁の闇、内山みのりが男を食い物にして天誅!』って!」


内山の心から叫びが、狭い取調室に反響している。


そうだ、この国では、死んだ者ほど都合よくマスコミに利用される。


机の上の書類が少し揺れた。


「妹は資源庁で脅されてた!ねぇ、中村さん!私、一週間も前に『黒幕は福田弥生だ!』って言ったよね?取調室でちゃんと話したよね!」


その言葉に、私は一瞬、刑事としての仮面を失いかけた。


「それなのに妹は…みのりは……私は、私は妹の最後にも会えない。お葬式もしてあげられない。」


内山は流涕しながら言葉を続けた。


「もう、私、……何を信じればいいの?」


いったん言葉を飲み込み、長く息を吐いた。


1分ほどだろうか、内山の荒かった呼気が少し落ち着きを取り戻した。


「……ごめん。怒鳴っても仕方ないのは、わかってる。私達姉妹が犯罪者だってこともね。でも、みのりがどんなに怖い思いをしてたか、あんたら知らないでしょ?」


「知りたいよ。だから、ここにいる。」


私の声が少し掠れた。


「……中村さん。私、みのりのことを『犯人』にしたまま終わらせたくない。本当に捜査する気があるなら、全部話す。」


その言葉には、怒りよりも祈りに近い響きがあった。


私は頷いた。


「約束する。私は、真実だけを見る。そして罪を犯したものを必ず追いかけるよ。」


私の言葉に内山が頷いた。


「わかった。これまで話してきた事とかなり違うから驚くと思うけど、ちゃんと聞いて。」


今度は私が内山に頷いた。


「みのりはね、私がLUXEを資源庁の傀儡にされてから薬の話をし始めたの。資源庁の認可研究に協力してるって。だからLUXEでも使ってみて、男の疲労を改善させて、元気にすることで性格が穏やかになる薬だって。……でもあれは、人を壊す何かだった。」


私は息を呑んだ。


「どこからの話?」


「シーシャバーの甘南備にいる大原麻子。みのりから紹介されて、アロマも扱ってたからその購入の度に『新薬の効果検証用』って資料見せられながら薬貰ってた。で、男に異変が出て連絡したら、大原が担当医師のところに連れて行くって、男を連れて行ってたの。」


内山の声は低く、しかし覚悟に満ちていた。


「多分、今思えばやばい薬だった。でも、実験の協力費用っていう形でお小遣い貰ってて、男に飲ませてた。LUXEの売上から経費除いた分は全部福田に持っていかれてて、金もなかったの。」


そう言いながら内山は、少し俯いた。


「しばらくたってから薬の話をみのりにした時、みのりの顔、疲れ切ってた。目の下に隈をつくって、笑いながら平気だよって。……全然平気じゃなかった。」


「……資源庁の福田以外に関与している者はいるの?」


「分からない。でもみのりが『優遇されていることを盾に、酷いことした男を再教育する機関の構想がある。』って言ってた。でもやろうとしているのは、性格も、欲望も、全部薬で管理することなんじゃないかって。」


彼女の声が詰まった。


私は言葉を挟めなかった。


情で踏み込めば、彼女の涙に呑まれる。


だがそれを許せば、真実はまた歪む。


キーボードを叩く手が、汗で滑り、画面の文字が崩れた。


取調室の時計だけが規則的に動き、14時43分を指した。


私には、秒針の音が、少しだけ速くなった感じがした。

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