第77話「遺志」
「佐藤くん、例の解析、途中まで終わったよ。ちょっと聞いて。」
俺が部屋に戻ると、水越が椅子を回転させ、コーヒーを置いた。
先ほどの捜査会議の流れで、主要メンバーはまだ執務室に残っていた。
室内の空気が一気に動き出した。
「遅くなってすみません。少し冷静になれました。」
俺がそういって、山崎の隣に座った。
モニターを見ると、複数の波形が映し出され、ノイズ混じりの音声データが流れていた。
「じゃあ、まず『VoiceMemo』って書かれてたSDの中身ね。」と言い、水越がフォルダを開いた。
「保存されていたのは、VoiceMemo.wavっていう音声ファイルのみ。これ再生するとこんな音が流れる。」
ノイズ混じりの電子音が、遠い電話の呼び出し音のようにプープーと鳴った。
「これ、普通に聞くものじゃないと思って、スペクトログラムにかけたんだ。音の周波数や強さを色で表すやつね。すると、こうなった」
モニターには、青と緑のスペクトログラムが刻一刻と変化していた。
「まだ見にくいだろうから、上下幅調整するね。」
そう言って水越が画面を操作すると、そこに文字列が現れた。
『Coordinates 5/12 22:30:00』
「英単語に日付?」と山崎が小首を傾げた。
「Coordinates?調整する、まとめる。この日付に何か調整しろってことですかね?」
中村も疑問を口にした。
「これは、多分『座標』ですね。Coordinateは調整する、ですが、Coordinatesは座標を示してます。」
「座標って、まさかあれか?」
俺の言葉を受けて、後藤が閃いたとばかりに証拠品からメモを取り出した。
メモには『34.47056557626281, 134.31216783927644』と記載があった。
すぐさま水越が座標を調べて、地図を表示する。
眼鏡の奥の目は、いつもより真剣だった。
「ここだね、香川県の弁天島」
水越の声のトーンがわずかに低くなった。
皆の視線が、モニターに映る小さな島に奪われた
「弁天島?」
後藤の声に反応したのは横峯だった。
「弁天島なら私の地元の小豆島町の一部ですよ。干潮になるとエンジェルロードと言って観光名所になってるんですけど。」
「へぇ、あの有名なところがここかぁ。」
モニターに表示された地図には、海に浮くへの字の島が見えた。
「待ってください、これ、エンジェルロードの弁天島じゃないです。この島、何だろう…無人島であることは間違いなさそうですけど。」
横峯が慌てながら訂正した。
「いずれにしても船が無いと行けなさそうだな。香川県警の水上警察隊に協力を要請しよう。」
山崎の意見に皆が賛同した。
「当日は土地勘あるやつが行った方がいいから横峯は確定だな。」
「係長、話脱線してます。ひとまず水越さんの結果を聞きましょう。」
水越は、少しだけ息を吸い込んだ。
「じゃあ、次ね。」
そう言って、水越は森下が押収した銀色の金属プレートを取り出した。
「これ、何かのパスワードかなって私も思ったんだけど、実際には金だった。」
そういって水越は画面を切り替えた。
そこには暗号資産のアドレスが2種類、それぞれに500ETHずつ記録されているようだった。
「私が悩んでると若葉が『これ、シードフレーズじゃないですか?』って言ってね。どうやら暗号資産のアドレスの元になる情報らしいんだ。で、そこからアドレスを解析して取引があったものが2つあった。」
「500ETHが2アドレス分でおよそ2億6千万円……昨日の円レートならそのくらいです。」
俺の言葉に山崎が驚きの声をあげる。
「こんな金属片が2億6千万円の価値だと!?」
捜査員達の顔がさらに真剣さをおびた。
「内山みのりは、これだけの金を自由にできるシードフレーズを託されていた。しかし本人にはもう捜査は及ばない。そして最後に彼女が残したのが『遺書.docx』だよ。」
そう言って水越はノートパソコンを開き、「遺書.docx」を開いた。
Wordが立ち上がるが、『ファイルが破損しています。内容復元しますか?』という警告が表示された。
「遺書のファイルが破損と表示されていますが、内容は分からないということですか?」
それまで黙っていた中村が水越に質問した。
「いや、これはWordの機能を利用した隠しファイルなんだよね。」
水越はそう言ってファイル名を指でなぞるようにして打ち直した。
「遺書.docxを遺書.zipに変えると、開けるんだよ。Wordって実はzip構造でできてるの。CTFなんかでは定番だから、技術者はみんな知ってる。」
そう言って水越は『遺書.docx』を『遺書.zip』と名前を変更し、エンターキーを押した。
すると、モニターにフォルダが現れ、そこには3つのファイルが存在した。
「うそ……本当に中身が出た……」と横峯が呟く。
ファイル名はそれぞれ『a.png』、『Bye.txt』、『LUXE_customers_pre_modification.xlsx』と書いてあった。
「まずこのa.pngっていう画像。これは開くとこんな感じ。」
画面には黒地に緑文字で一言。
< 1 leave this 2 U >
「…私、英語苦手でちょっと意味がわからないんですけど。」
中村がこめかみに手を当てて白旗を振った。
「これ、1はIで2はto、Uはyouですよね。つまり、I leave this to you. 『私はコレをあなたに託す。』かと。」
横峯が少し自慢気に応えると、水越が頷いた。
「私も同じ意見だ。残りの2つを託すと言っているんだろうな。ただ、これしか書いてない画像ファイルとしては容量が大きすぎることが気になるが…。」
水越の言葉を聞きながら、俺の背筋に冷たいものが走った。
データの羅列にしか見えない画面の奥に、みのりが何を託したのか。
それが少しずつ形を取っていくのを感じた。
「……で、このいかにもなファイル名。もしかして、改ざん前の顧客リスト、ですか?」
中村の呟きに水越が頷き、『LUXE_customers_pre_modification.xlsx』のプロパティを開いた。
「間違いないよ。タイムスタンプは4月28日、我々が踏み込む前のデータだ。」
そう言って水越がデータを開くと、日付と利用コースが記録された顧客情報で画面が埋めつくされた。
俺は、画面に並んだその顧客名のリストの名前に驚きを隠せなかった。
資源庁関係者、国会議員、財界人、その中に、ある名前を見つけた。
『国家生殖資源庁 総合管理局 システム企画課長 祖母井純子』
その瞬間、室内の空気が一気に重くなる。
祖母井純子。
俺たちが内山みのりの家に来た時、邪魔を使用とした資源庁での内山の上司だ。
山崎の拳が机を叩いた。
「あいつ! みのりの死を知ってて、これを回収しに来たんだ!」
その表情からは怒りがあらわになっていた。
そして、しばらく沈黙が訪れたが、それを破ったのは中村だった。
「もう一つのファイル、『Bye.txt』の中身は何ですか?」
水越が「オッケー」と言いながら開くと、意味不明な文字列2行現れた。
『55+z55Sw44Gv55S35oCn5aOy6LK344Kq44O844Kv44K344On44Oz5Lya5aC044Gr6Ly46YCB44CC』
『M+OBr+W8peeUn+OAguengea2iOOBleOCjOOCi+OAgg==』
「これは単純。Base64でデコードするだけ。結果はこれだ。」
画面に文字が浮かび上がる。
『石田は男性売買オークション会場に輸送。』
『3は弥生。私消される。』
その瞬間、誰も言葉を発せなかった。
冷房の風が、机の上の報告書をかすかに揺らした。
三度の沈黙を山崎が破った。
「なぜ内山は、こんな手の込んだ隠し方をしたんだろうな。」
その問いに対して水越が答える。
「……資源庁に見つかっても、大丈夫なようにだと思います。けど、本気で解析する警察には、必ず届くように。そう思ってたんじゃないですか。」
俺は静かにモニタを見つめた。
その瞳に宿るのは怒りではなく、誓いに近いものだった。
「彼女は被害届のニュースを見て覚悟したのかもしれないですね。自分を犠牲に、資源庁の腐敗を我々に託すために。」
「佐藤……」
「被疑者死亡で地検送付が終わりじゃないです。ここからが始まるんです。資源庁、福田、そしてその上、全部、白日の下に引きずり出します。」
俺の声に呼応するかのように、モニターのスペクトログラムが、再び静かに波打った。
そして、誰かが息を呑む音がした。




