第74話「現状把握」
5月3日、午前8時33分。
勾留質問開け一発目の取り調べが終わり、各被疑者の供述調書及び、取り調べ時のメモが集まってきた。
俺は、それらを全て印刷し、内容を一枚ずつ確かめていった。
注目していたのは3点だ。
1点目は、緑川の調書の<消したデータは、2~3回来たことのある、『うば』から始まる苗字の人>という部分。
資源庁の祖母井純子システム企画課長を指していると見ていい。
2点目は、桜木の調書の<内山とシーシャバーの店長さんと倉橋医師が顔見知り>という部分。
これは池袋のシーシャバーである『甘南備』の店長であり、住田の元SPである大原麻子を指しているのだろう。
甘南備を捜査対象に広げるべきか。
3点目も桜木の調書、<メッセージの『3より』は内山姉妹が知り得る資源庁の上役>という部分。
直接的な関係は無いにしろ、やはり内山姉妹も徹底的に調べて、資源庁に潜む悪の手がかりをつかまなければいけない。
そこまで考えを巡らせたところで、山崎が話しかけてきた。
「佐藤主任、何か気になることあったか?結構いい調書が多いよな。」
「ええ、いい調書ばかりです。そして全部読んで気になることがあります。」
「そうだよな。」
山崎は短く頷き、資料を束ねながら言った。
「で、係長はどこから攻めるべきだと思いますか?」
「どこから?倉橋を探す前にどうするかという話か?」
小首を傾げた山崎の目をみて、俺は回答した。
「そうです。具体的には祖母井純子課長、甘南備と大原麻子、内山姉妹の3つのどこから手をつけようかと。」
心の中では内山姉妹と決めているが、一旦上司の判断を聞こうとした。
「甘南備だな、LUXEとの接点や、データ削除の必要性が分からないし」
「でも係長、それは内山姉妹の供述を聞いてからの方が深い話が出来るのでは?」
俺の指摘に、「……まぁ確かにそうだな。そっちの方が早いな。」と山崎がすぐさま答えを変えたため、俺は思わず笑ってしまった。
「何で笑うんだよ!…まぁいい、今日の捜査会議でみんなに連携な!」
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午後4時30分、各取調官や主要捜査員による情報連携の場が始まった。
「じゃあ、まずLUXE関連を後藤部長からどうぞ。」
俺の言葉を受け、後藤が立ち上がった。
「現在、LUXEの基本的な営業方法が判明し、証拠上は概ね揃っている状態です。」
後藤がそういうとモニターに簡単な図が映し出される。
売上金:LUXE→NPO→何らかしらの手段→甘南備と送金されていた蓋然性が高い(銀行等の資料:有、財務捜査:完、被疑者供述:未)
男性確保:精液提供回数が多く低ランクの男性を狙った投資勧誘→借金後に降格させ従業員として確保していた(勧誘ツール:有、被害者供述:完、被疑者供述:未)
資源庁へのデータ更新:LUXEから倉橋和美医師のアカウント経由で実行していたことが判明(アクセス履歴等:有、被疑者供述有)
LUXE顧客への聞き取り:実際の営業内容やサービス内容について(顧客リスト:有、顧客聴取:未)
「見ての通りですので、取調官達は今後、男性確保についてと売上金についての供述調書を取って下さい。顧客の聴取については現在顧客リストを精査していますので、精査後に聴取担当になった人が話を聞くということで。」
そう言って後藤は席に座った。
「では、次に解析関係を水越さん。」
「はい。現在、解析を進めていますが、必要そうなものは適宜共有しています。しかし、甘南備関係のデータはまだ復元に至っていません。また、倉橋医師の関与についても指し示すようなデータが出てませんので引き続き解析を進めます。」
水越はかなりの早口でそういい、すぐに席に戻った。
「では、取り調べ内容のまとめと今後について、いくつかお話します。」
俺はそういうとモニターの画面を供述調書の一部に切り替えた。
「まず取り調べ関係で、LUXEの客に資源庁の祖母井課長が居たとの供述が出ています。この関係を資源庁に悟られずに捜査してください。また、内山みのりがLUXEの業務に関与していたとの供述もあるのため、内山みのりの身柄を押さえる必要があります。」
次にモニターを切り替えて、被害届を表示させる。
「これが、資源庁から当庁に出された『電子計算機損壊等業務妨害罪』による被害届です。内山みのりが被疑者であることを示す客観資料が整っており、不足の捜査も終わりましたので、逮捕状の請求が可能となりました。明日にでも身柄を押さえる予定です。」
さらにモニターを切り替えて倉橋和美の情報を表示する。
「これが倉橋和美医師の情報です。なぜか数日前から倉橋の医師データ等がHP上から消されています。資源庁は実態把握までの一時的なものと言っていましたが、念の為本人の所在を捜査する必要があります。こちらは内山みのりの身柄を押さえてからの話になります。」
俺はさらに言葉を続けた。
「徐々に資源庁がどのように関与しているのか見えてきました。資源庁は内山みのりや倉橋医師を使ってLUXEを経営していた。朧気ながら見えてきた事実がそれです。あとは、まだ見つかっていない石田、住田の情報に繋がるものは全て共有してください。よろしくお願いいたします。」
その後は、各捜査員同士での依頼事項や情報共有が為され、午後5時を少し過ぎたころ、会議が終わった。
各人が資料を片付けながら、それぞれの持ち場へと散っていく。
蛍光灯の白い光が机の上の書類を照らし、紙の山に俺の影を落とした。
「佐藤主任、令状請求の決裁終わったぞ。今から行ってくるか?」
山崎がファイルを小脇に抱えながら言った。
「お願いします。何か指摘はありましたか?」
「指摘と言うものでもないが、御厨理事官が、『忙しいだろうがもう少し早くできなかったのか?』ってね……。何だか落胆しているような雰囲気だったよ。」
そう山崎はぼやきながら捜索差押許可状と逮捕状の請求資料一式を持って外へ出ていった。
俺は机の上に残された調書をもう一度見つめる。
『3より』。
たったそれだけの言葉が、事件全体の輪郭を歪ませているような気がしてならなかった。




