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1/96〜男女比1:96の貞操逆転世界で生きる男刑事〜  作者: Pyayume
第六章「山羊」

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第72話「横峯奈美:泥濘」

5月2日、午後1時47分。


赤坂警察署、刑事課3号取調室。


勾留期間の満期までの間、ここが私の主戦場だ。


警大を卒業してから一か月、地方実務修習先がまさかの新宿警察署の刑事課。


警察大学の3年目、4年目の時の実習では、実際の交番勤務や、比較的治安の良い警察署の内勤はやった。


しかし、日本で一番の警察署、しかも刑事課の係長が出向先になるとは思わなかった。


目まぐるしく毎日が過ぎるうえ、海千山千の犯罪者と対峙し、大きな捜査本部の下働きもする。


現場で学ぶ一年間とはいえ、毎日に忙殺されそうだ。


そんな中、同期で唯一の男性警察官である佐藤が、同じ警視庁だと教えられた。


ただ、彼の場合は警察署ではなく、捜査第一課が地方実務修習先と聞いて驚いた。


さらに、今回の事件の取りまとめをしているとは、本当に凄い男だ。


LUXE所在地管轄警察署からの人出しということで、何となく参画した私だったが、佐藤の後押しなのか、桜木真冬の取調官として抜擢された。


警察大学時代にも実際の被疑者取り調べをした経験はあるが、今回の桜木真冬は完全黙秘のタイプでなかなかうまくいかない。


蛍光灯の反射が、机の金属で鋭く跳ねた。


それがまるで、自分の未熟さを突き返してくるようだった。


目の前の桜木は椅子に座り、組んだ手の中で親指をこすり合わせている。


化粧をしてない彼女は、頬がややこけているように見える。


「桜木さん。そろそろ返事くらいしてもらえないかな?」


また、取り調べ室に私の声だけ響く。


何回目だろうか。


水越さんから連携された証拠資料を使って、供述を引き出さないといけない。


そんなこと、私にできるのだろうか。


ましてや、今日は立ち会い補助がいない。


桜木と私、二人だけの勝負だ。


桜木は俯いたまま、答える気配を見せない。


指先だけが、机の上で小刻みに動いている。


「今日は見てほしいものがあるの。」


私が静かに切り出しても、桜木の手が止まることはない。


私は水越の作った報告書の写しを示した。


<添付データのうち、出納関連は甘南備関連の明細のみ全削除、シリンジ関連は資源庁および政府関係のみ削除。該当データ削除後にLUXEのDBを洗い替えのこと。>


「……桜木さん。マグカップを介した通信の仕組み、覚えてますよね?緑川さんに送ったメッセージのもの。」


私は水越の報告書の該当ページを指で押さえながら言った。


彼女はこちらを一瞥もしないし、資料も見ようとしない。


ただただ無言で時間をやり過ごすだけ。


「これ何でデータの改ざんを狙ったのか教えて欲しいんだけど。」


沈黙。


きっと私の取り調べ技術が稚拙なのだろう。


一向に話してくれる気配がない。


世の中の取調官達はどうやってるのだろう。


その時だった。


扉が、二度ほど控えめに叩かれた。


「入っていい?」と言う声は間違いない、山崎係長だ。


私は扉を開け軽く会釈して、彼女を中へ通した。


「桜木さんごめんね。ちょっと横峯借りるね。」


そう言って山崎は持っていたノートを開き、桜木に見えないように私に見せた。


<外に佐藤がいる。一旦ガス抜きしなさい。これを読んだら『すぐ確認します!』と慌てた様子で、部屋を出ること。>


私はこれを読みすぐに「すぐ確認します!」と大きな声で言って部屋を出た。


部屋を出て、執務室の中を見ると佐藤が居た。


「横峯、大分参ってるな。ちょっとヤニチャージに行こう。」


そう笑いながら私が好んで吸っているメンソールの箱を差し出してきた。


「佐藤、悪いな。」と言いながら、私はそれを受け取り、佐藤と喫煙所に向かった。


---


「佐藤、すまんな。気を遣ってもらって。」


私達しかいない喫煙所、お互いにタバコに火をつけ、肺の中を煙で満たす。


「一応事件の取りまとめだからな。捜査員のメンタルケアも仕事のうちだ。」


「普通のやつなら合理主義の化身だと聞こえるだろうが、佐藤の優しさだって伝わってるよ。警大時代もいろいろ教わったしな。」


「パチンコの打ち方とか、馬の選び方とか、ハイボールの作り方とか、コレの吸い方とかか?」


そう言って佐藤は2本目のタバコに口をつける。


私と同じ、メンソールの銘柄だ。


ここだけの話、警大時代に佐藤が吸っている煙草の銘柄をきっかけに仲良くなろうとして、メンソールタイプを吸い始めた。


「そういうことも、警察のこともだよ。」


私は再び煙草の煙で肺を満たした。


「私は瀬戸内海の島出身の田舎者。実家は貧乏だし、金貰いながら勉強出来て、卒業すりゃ公務員って理由で警察大学はいったけどさ。正直、きついことばっかりで後悔しなかった日の方が少ないよ。」


「最初は皆そんなもんだろ。」


「それでも佐藤がいつも」


「俺だってこの仕事は毎日が緊張で冷や汗かいてるよ。」


私はそれを聞いて驚いた。


佐藤は警察大学時代から法律、解析、実務、術科、全てにおいてトップの成績だった。


佐藤は、3年目、4年目の実務修習での交番勤務は諸般の事情でしなかった。


しかし、代わりにやった捜査実習では、難しい詐欺事案を実習生ながら解決して表彰されていたほどだったからだ。


「佐藤が緊張なんて、そんな風に見えたこと無いけどな。」


「そう見えてるなら、俺は警察官として及第点貰えるかな。」


二人で再び煙を吸い込む。


「横峯、余裕無いね。ちょっと見たけど調べも単調だ。あのままじゃ完全黙秘かんもくを破れない。」


「何となくわかってたけど、佐藤に言われるとキツイな。弱音を吐くが、経験が乏しくて、完全黙秘かんもくなんて初めてだし、どうしたらいいか分からないんだよ。」


「誰がやっても初めてだろ。」


私はそれを聞いて疑問が浮かんだが、佐藤が続けた言葉で意味を理解した。


「監禁罪で逮捕された桜木真冬の取り調べなんて、これまで経験したことあるやついるのか?」


確かにそうだ、何回も言われてきた。


『同じ罪名はあっても、同じ事件は無い。』


警察大学初日の講習で言われた言葉を思い出した。


「それでも初めてだってビビってる刑事なんて誰も相手にしない。心の中はどうあれ、自信のあるツラしてない奴は舐められて当然だ。」


喫煙所に吹く風が、五月なのに少し肌寒い。


「一番自分が自信持てるよう、自分を作るんだよ。髪型ひとつ、ワイシャツの皺一つ、完璧に仕上げてようやく初めて、『虚勢を張れる自分』になれる。」


佐藤は私を指さして続ける。


「鏡みて来い。自信のある奴の格好か?それで総理大臣の前に出れるか?ホームレスから総理大臣まで、誰であろうと1対1で勝負すんのが俺たちの仕事だろ?」


そう指摘され自分を顧みる。


朝から陰鬱な気分で化粧も適当、髪を固める時間もなく適当に括り、ワイシャツは取り込んだ後に床に放置して皺だらけ。


「なんだか、もう少し頑張ろうって思えたよ。ありがとな。」


私がそう言って煙草の火を消し、喫煙所を出ようとすると、佐藤が後ろから声をかけた。


「横峯、一回桜木に今日の恰好見られてんだ。着替えたりすんなよ。それはそれで馬鹿にされるからな。」


私は「そうだな、分かった。」と返事をすると、佐藤はそれ以上何も言わず、空になった吸い殻を灰皿に押しつけた。



私の最後の返事は、さっきよりも少しだけ地に足が着いていた。

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