第70話「復元」
5月1日、午後6時42分。
捜査本部の蛍光灯は、朝から一度も消えていない。
その光は、疲れた神経を刺すように白い。
空気はコーヒーと、焦げた神経の匂いで満ちていた。
今日だけで何杯コーヒーを飲んだだろう。
胸の奥がずっとざわついていた。
桜木と緑川を動かしていた意思は、必ずあるはずだ。
それを、今日こそ掴まなければならない。
電話が鳴り、山崎が取る。
「……はい、その4名はウチです。……はい…了解、連絡ありがとうございます。」
山崎は受話器を置くと、俺たちに向き直った。
「4人全員勾留付いたとの連絡だ。まぁ当然だが。」
当然の結果で、山崎が何でも無いようにが言ったが、俺は不思議と胸が少し軽くなった。
ようやく『本格的な捜査』ができる。
各々が作業に戻り、キーボードの音が捜査本部を満たす。
皆、黙々と作業をしているため、大量の報告書が作成されていく。
特に水越は無言でキーボードを叩き続け、指の動きだけが機械のように規則的だった。
そんな水越が沈黙を破った。
「出ました。」
その声に、俺と山崎が顔を上げる。
画面に映し出されたのは、緑川が桜木から送られたであろうメッセージデータといくつかのファイル。
「削除データをカーヴィングして復元しました。複合も成功です。」
その言葉に、山崎が眉を上げた。
「カーヴィング?……公判で突っ込まれても大丈夫か?」
「問題ありません。データの断片を拾って見えるようにしただけです。無いものを作ったわけではないので。」
落ち着いた声だったが、その指は微かに震えているように見えた。
徹夜の作業でもう限界が近いのかもしれない。
「それで、このメッセージというわけか。」
<添付データのうち、出納関連は甘南備関連の明細のみ全削除、シリンジ関連は資源庁および政府関係のみ削除。該当データ削除後にLUXEのDBを洗い替えのこと。>
山崎が画面に顔を近づけた。
「……出納関連の削除、そしてシリンジ関連の選択的削除。つまり、倉橋医師や資源庁の関与部分だけを消したってことか。」
山崎の言葉に水越が頷く。
「はい。ファイルのタイムスタンプ的にも矛盾はありません。」
「この洗い替えというのは?」
「DBの更新方法です。大きく分けると差分更新と洗い替え。洗い替えはその名の通り現在のデータを空にして、更新データで全て上書きする手法です。」
「改ざんデータを大元のデータと錯誤させることを企てたのか。桜木への指示元は誰だ?」
どうしても脳裏に『これがもし、組織的な意思なら?』と言う疑問が浮かんでしまう。
水越はモニターを睨みつけ、ゆっくりとマウスを動かした。
光が彼の眼鏡に反射し、画面の青が頬に滲む。
「桜木のスマホに匿名暗号化通信アプリが入っていて、それで来たようです。それがこれです。」
指し示したのは、その複合されたメッセージ。
「これ、犯罪グループがよく使うアプリですよね?」
中村が画面を覗き込みながら言った。
「……水越さん、復元できたんですか?」
「とっくに復元手法は確立してますよ。……犯罪者が無敵だと信じてるので、証拠化しやすくて助かります。」
水越の言葉に、室内の空気がわずかに弛緩した。
水越はマウスを動かし、複合後の通信ログとメッセージを拡大する。
画面の端に、微細な英数字の羅列が並んだ。
それは送信元の識別コードだった。
水越はモニターをスクロールさせ、淡々と語った。
「まだ見にくいかもしれませんが、暗号化された断片を復号化して繋いだものです。内容は分かるかと。」
画面に、解析結果の簡易ログが表示された。
誰が見ても理解できる最低限の項目だけを水越が抜き出したものだ。
2025-04-29 03:02:03 sender: MNR-UCH (resgen)
to: SGM-RIK (luxe)
subject: 洗い替え実行
body: 「3より、甘南備全削除。政府syringer削除。other残。」
山崎が思わず声を出した。
「内山みのり……か?」
その名前を聞いた瞬間、胸に重いものが落ちた。
ここで繋がりが見えた。
七瀬の言葉、被害者の供述、名刺、全部が、たった数文字で一本の線になった。
俺は深く息を吸い、言った。
「内山が飛行機を降ろされ、解放後にニュースを見た。桜木に削除を指示し、桜木は緑川が実行できるよう最低限の準備だけして逃げた。筋は通ります。」
これで、明日の桜木、緑川への取り調べは確実に刺さる。
俺の言葉に山崎が力強く頷く。
「よし、各取調官に情報共有して、明日は全員取調だな!」
山崎がやる気に満ち溢れた声をあげた。
「あ、係長と水越さんすみません。明日、二人の時間ちょっともらえませんか?」
「私と水越が?何でまた。」
山崎が不思議そうに首を傾げた。
「まず水越さんは中央署に行ってください。緑川の担当取調官がITリテラシに不安があると言ってたので、解析関係の説明に。」
俺の言葉に水越は目を丸くした。
「そそそ、それって取調室に入るわけじゃないよね?ムリムリムリ!」
「場合によっては、中に入ってください。大丈夫です。取り調べも人と人との会話ですから。」
水越が「心の準備がー」と頭を抱え始めた。
それを見ていた山崎が「私はどうすればいい?」と尋ねてきた。
「係長は私と一緒に赤坂署に行ってもらえませんか?」
「赤坂……?あぁ、桜木の留置先か。別に構わないが、なぜだ?」
「横峯の調べのサポートです。あいつ警大の同期同教場なんですけど、取り調べ経験は全然ですから。刑事課で鳴らした係長の腕前を見せてあげてください。」
「ああ、道理で若い警部補だと思ったよ。警大卒業後一年目の地方実務修習中か。わかった。刑事一筋の私に任せなさい!」
山崎がおどけた調子胸を叩き、部屋の空気が和やかになった。
しかし、俺は何故か笑えなかった。
視線の端に、資源庁の被害届が映った。
他の書類に紛れ、まるで捨てていい紙切れのように放られている。
あれが本当に『被害を届け出た』ものなのか。
俺の質問の回答を貰わずに、御厨が受理手続きを進めたのは何故だったのか。
胸の奥に、薄い不安が沈殿した。
その不安の答えは、まだ分からなかった。
なろう側の更新忘れてました。
すみません。
これで、カクヨム側に追いついたと思います。




