第68話「財務特別捜査官」
「そのNPOから給与という形で、報酬を得ているゴキブリの中に資源庁関係者の名義は?」
山崎の問いに対し、七瀬は「分かりません。」と静かにうなずいた。
「このNPOからの振込は15日、20日、末日、という形で、口座ごとに変えています。その後すぐにATMで引き出されているので、現実での捜査が必要となります。」
俺と山崎は顔を見合わせて頷いた。
「ただですね、大原麻子という人物をご存知ですよね?」
七瀬が俺たちに向かって淡々と言った言葉で、図らずとも再度山崎と顔を見合わせた。
「当然だ!私たちが探している残りの行方不明者の元SPだからな!」
「その大原が取引責任者となっている『明るい未来ラボ』という法人口座があります。そこに対し、ATMの引き出し日の翌日、必ず特定の医療資材卸業者から入金があります。これは偶然では片付けられません。」
「LUXEの売り上げの一部を大原が得ているということか。」
七瀬は頷き、次のページを開く。
「そして、このラボの口座開設時所在地は池袋のシーシャバー『甘南備』と一致。さらに、法人開設時の代表者名がコレです。」
そう言って七瀬が見せたのは、法人登記の履歴事項全部証明書。
最初の代表者名は『倉橋和美』と書いてあった。
「年数から見て、設立時の倉橋はまだ学生か。」
倉橋がメンタル検査で言っていた「『明るい未来』を目指していた。」とは、このことだったのか?
俺が考えこんでいると、静寂が訪れ、室内の空調音がやけに大きく聞こえた。
「LUXEの犯罪収益がNPOを隠れ蓑に大原麻子に流れている……そこに倉橋も関与している可能性がある。そういうことか。」
山崎がつぶやく。
「ええ。大原麻子は何をしているか分かりません。シーシャバー経営には過ぎたる大金が流れていると考えられますので。」
七瀬の声に、誰も言葉を返さなかった。
その金の重さを、全員が理解していた。
「これは客観資料から導出された結果と判断して良いのですか?」
と、メモしながら聞いていた中村が質問した。
「電子取引データ、口座照会、ブロックチェーン、税務記録、すべて裏付け済み。説明が必要なら、地検に行くことも、証言台に立つことも問題ない。」
山崎がゆっくりと椅子から身を起こす。
「……よし。一先ず金の線が倉橋や資源庁とうっすら繋がった……そして短期間でよくここまで詰めたものだ。ありがとう。」
山崎が静かに頭を下げた。
「いえ、若葉部長が居てくれたからここまで出来たのです。感謝は彼女へ。」
そう言うと、七瀬は手元のバインダーを閉じ、軽く会釈をし、再度口を開いた。
「さて、ここまでの資金規模となると、資源庁が甘南備を隠れ蓑に何かをしていたとしか思えません。そして、それに一枚噛んでるのが倉橋和美だと言うのは間違いないです。」
山崎が七瀬を凝視しながら答える。
「……ただ、資源庁が正規に仕事をするのであれば国庫を使えばいい。やはり金欲しさに一部の者が手を染めたか、それとも男性に対する恨みか。いずれにしても全体像が全く見えん。」
七瀬は深く頷き、わずかに呼吸を整えた。
「いえ、これだけの資金を動かすには、目的が必要です。ただの私的流用では説明がつかない。誰かが、組織として『人を使って金を作る』仕組みを設計し、その金を何かに使っている。」
淡々とした声に、わずかな怒りの色が混ざっていた。
確かに今の話で分かったのは、LUXEの不法収益がどこへ流れたか。
それだけだ。
LUXEから資源庁を経由し大原麻子へ。
だが、資源庁の狙いは何か。
倉橋はどこで何をしているのか。
池袋シーシャバー甘南備の正体とは。
行方不明の石田と住田はどこにいるのか。
わからないことだらけだった。
俺は無意識にペンを握りしめたまま、ページの端をぐしゃりと折り曲げていた。
金の線は薄ら見えた。だが、人の線が見えない。
その狭間に、誰かがいる。
沈黙が落ちる。空調の低い音だけが響く。
七瀬が静かに言った。
「一捜査員としては、人の捜査が甘いと感じています。」
その目は非難というより激励の色に見えた。
「金の流れはさらに細かく、正確に、先を深く我々が追いましょう。しかし、それでは罪を裁けない。罪とは人に紐付くもの。罪とは人が犯し、そして人が償うものです。」
七瀬の言葉が胸に刺さった。
俺は机の上の供述調書を見下ろし、静かに拳を握った。
「ありがとうございます。倉橋の周辺、そして身柄を押さえた被疑者らの供述を再度洗います。」
山崎が顔を上げ、短く頷いた。
「そうだな。……我々はいつも人と正対してきた。今回もそれは変わらない。人を見よう。」
その一言で財務捜査結果報告会はお開きとなった。
皆の目には新たな火を宿しながら。




