第7話「特務捜査係」
「お、ちょうど戻って来たな二人とも!」
俺もちょうど荷解きをすませたところで、2人の女性が部屋に入ってきた。
「佐藤主任と同じく特務捜査係となった中村主任、後藤部長だ。」
山崎が手で示すと、2人はぞろぞろと席についた。
「中村英子、階級は警部補。巡査スタート。一昨日までは署で組対。まあよろしく。」
まず、無造作に髪を後ろで束ねていた若く見える女性がぶっきらぼうに言い捨てた。
しかし、挑発と試験が入り混じったような眼差しで、真っ直ぐ俺を射抜いていた。
続いて、背の高くすらっとした中年女性が、室内を見回して小さく舌打ちした。
「あたしは後藤由紀で、巡査部長。ずっと保安一筋だったんだけど、なぜかここに配属になった。あんた、警大上がりの男の警部補なんて珍獣みたいね。」
豪快に笑ったが、目の奥に探るような光がちらついていた。
「中村主任、後藤部長、これからよろしく。」
俺は軽く頭を下げ、出来るだけ柔らかく言葉発した。
同僚をいたずらに刺激する必要なんて全くない。
「自己紹介はこれで終わりだな。ちなみに佐藤主任以外全員巡査からの叩き上げだから、警大の同期とかと比べないでくれよ。」
そう言いながら山崎係長が手を叩いた。
「さて、初めに言っておくが、私と中村と後藤は佐藤主任の公務中のSP兼ねてるからそのつもりでな。公務中は機密の保持もあることだし、君にSP職をそのまま付けるより、SP適がある人間の方で固めた方がいいだろうっていう上の判断だ。」
山崎の冷静で抑揚が少ない声が部屋に響いた。
この世界において、通常男性警察官が現場に臨場することは無い。
繁栄プログラム受講後に警察組織へ就職する男性警察官は「被害者支援課」「男性留置管理課」「広報課」にしか配置されないためだ。
「被害者支援課」は、男性被害者のメンタルケアを行いながら取調べに立ち会ったり、被害者からの相談を受ける部署。
「男性留置管理課」は、男性被疑者の留置を行うだけでなく、男性被疑者のメンタルケアをしながら非合法な取調べが無いか監督する部署。
「広報課」は、警察官の採用推進のため、イベントや採用業務で男性がいることをアピールする部署だ。
俺はSP適のある者が係員としているため、自由に臨場が出来るというのは特例中の特例だろう。
「それから、うちの係だがやることはあんまり決まってない。『佐藤に問題を起こさせるな』としか言われていない。上が『男性を危険な現場に出すな』ってうるさかったらしくてね。名目上の係で何もさせないって魂胆なんだよ。」
俺はようやく自分のために生まれた係の理由が分かった。
初めての男性刑事に血生臭い現場を踏ませたり、泥くさい捜査をさせてメンタルが壊れて『本来の国家資源の役割』が果たせないリスクを取りたくないのだ。
だから、仕事を与えない新規の係を作ったのだ。
「だが、生憎私は上に行くための成果が欲しいんでね。」
山崎がそう言って、机の上に数個のドッチファイルを置いた。
埃と紙の混ざった匂いが鼻をつく。
「どれも、男性の行方不明……?」
背表紙を見るとどのファイルも発生日から少し時間が経った行方不明事案だった。
「ああ、通常であれば寝かせることなど無い案件だが、なぜか捜索が不自然に打ち切られたものだ。」
ファイルを覗き込んでいる俺に、山崎が回答した。
「仕事が無いってことは、どんな仕事をしてもいいってことだ。そこでこいつをちょっと調べてみるかなと思って拝借したんだ。」
山崎の目が、俺に向けられる。
「でだ、佐藤主任、何か気づくことは?」
俺は手前にあった一つのファイルを開き、被害者の写真と簡単な状況を確認する。
繁殖プログラム三年目、繁殖適格判定は最低のDランク。
5か月前のプログラムを受講後、最後に目撃されたのは夕方の繁華街の防犯カメラ。
SPから行方不明の届けがあったのが2日後、翌日のプログラムは本人から病欠の連絡が有り、か。
その他報告書には「繁殖適格判定が最低のDランクになり、自暴自棄に陥ったため消息を絶った」とまとめられている。
「……SPに対する聴取や自宅までの防カメの収集結果が不自然です。これじゃまともに捜索したとは言い難い。」
俺が言葉に出した瞬間、山崎が薄く笑った。
「気づいたか。そう、恐らくこの案件には何かがある。」
後藤が苛立ったように椅子を蹴った。
「くだらないね。不能の国家資源様が弱っちく逃げだしたなんて、事件でも何でもないだろう。」
「いや、男性行方不明事案を結了するには生殖特捜の承認がいる。こんな杜撰な捜査で結了になるはずがない。」
山崎は淡々と告げる。
「生殖特捜ですか。なーぜか国家生殖資源庁の出向者が、なーぜかうちの上位監督権をぶんどって、なーぜか捜査の真似事してるあの部署ですか。」
後藤が気に食わないといった態度で鼻を鳴らした。
「特務捜査係《うちの係》は何もさせたくない。そう思っているからこそ、内部に敵がいるであろうこの件は、我々にしか捜査は出来ないんだ。理解してもらえるな?」
俺たちは静かに頷いた。
「ただ、私は必要以上に目立ちます。こそっと足で稼ぐ捜査は出来ませんよ。」
「こそっとは言ったが、佐藤主任は逆だ。堂々と外に出て捜査する。」
「それは、いったい…」
ジリリリリリといきなりサイレンが鳴った。
『警視庁から各局、現在新宿区島原の路上において喧嘩口論に男性が巻き込まれてるとの通報。』
部屋に流れた無線の音声を聞き、山崎係長は俺をの目をまっすぐ覗いてきた。
「チャンスだな、佐藤主任、行こう。」
「えっ!?」
俺は思わず声が裏返っただが山崎は動じず、手早く資料を鞄に詰め込んだ。
「こういう時に外に行くんだ。うちの係は主管業務が無いってことは何してもいいんだ。巻き込まれた男性からの聴取は佐藤主任《同じ男性》がした方がいいに決まってるだろ?」
俺は息を吸い込み、気を引き締めた。
「承知しました。今すぐ向かいます。」
山崎がわずかに口元を緩めた。
その笑みは、温かさよりも試すような色を帯びていた。
――特務捜査係での初日が、こうして幕を開けた。




