第66話「スケープゴート」
山崎は机の端に手を置き、しばらく沈黙したまま天井を見上げた。
「中村主任、この供述は裏取りをきっちりしないと危うい。」
山崎は真剣な表情で俺と中村を見た。
「毒島からも同じ話が出るか、桜木から倉橋のアカウントの話が出るか、捜査ログやアクセスログの解析結果と合致するか、金の動きはどうか、そして……内山みのりからも同じ話が出るか……全部だ。」
「図らずとも、資源庁の思惑通りになりましたね。」
俺が言うと中村が首を傾げ、その姿を見た山崎が補足した。
「ああ、すまない。先ほど資源庁が被害届を出して、関連事案のためウチが受理した。内容は『内山みのりによる男性DBの電子計算機損壊等業務妨害』。つまり、個人犯扱いだ。」
それを聞き中村が目を丸くする。
「それ……筋が違いませんか? まるで、全部を彼女一人に押し付けてるみたいです。」
中村は口を結び、手元の書類を強く握りしめた。
声は冷静だったが、目の奥には怒りが宿っていた。
「そうだ。しかし話の筋は通っていた。どちらにしても資源庁を調べるなら、これは使える。」
山崎は静かに言った。
「これで、資源庁を気にせず内山みのりの身柄を押さえられる。そして被疑者として、堂々と取り調べができる。」
中村は俯いたまま拳を握った。
「……結局、彼女を切って終わりにしたいだけですよ、資源庁は。」
「その通りだ。」
山崎の声は低かった。
「だが、逆に言えば、切り離した瞬間に、資源庁内部の力関係が崩れる。内山みのりを攻めるなら、今しかない。」
部屋に沈黙が流れる。
蛍光灯の白が、書類の端を冷たく照らす。
俺は机上の供述調書の下書きを手に取り、ページをめくり『管理対策官』という単語を赤丸で囲い込む。
「……彼女の供述にあった管理対策官って資源庁のNo.3ですよね。本庁だけで5000を超える組織のNo.3が内山みのり程度を相手にするとは考えにくいんですよね。」
俺の発言に中村が反応した。
「では、佐藤主任はいまりが嘘を付いていると?調べ室の録画もありますから確認してみて下さい。あれは真実を供述していました。」
それに山崎が続いた。
「しかもLUXE営業には『男性ランク改ざん』と『体外受精DBの登録』の二つが必要だ。倉橋の協力だけあっても、資源庁の上層部の目が無いと難しいだろう。」
二人はどうも内山姉妹の肩を持ってしまっている気がする。
「いや、いまりが虚偽の供述をしているとは言ってません。彼女にとっての真実を供述したら、事実と異なるように出来ている、と言う感じに思います。」
俺の言葉に、二人は露骨に不快感を示した。
「……あと、二人とも被疑者側に寄り添い過ぎています。」
俺は二人を見ながらさらに続けた。
「我々は警察官です。一つの事実を多角的な視点で公平に見なければいけません。一つの情状証拠や供述でどちらかに傾くことは許されないです。」
俺の言葉を受けて、山崎がゆっくりと息を吐いた。
「確かに、いまりを可哀想だと思っていたことは事実だ。改めよう。……そして、佐藤主任の言う可能性は捨てきれない。いまりは妹の言うことを盲目的に信じているだけの可能性はある。」
中村がなお一層手元の書類を強く握りしめ、書類がくしゃりと悲鳴を上げた。
「でも、誰かが嘘をついているのは確かです。彼女を利用した側がいる。資源庁の人間か、倉橋か……。」
「利用された上で、切り捨てられた。という線もあるな。」
山崎が言いながら、机の上のペンを回した。
「もし本当に倉橋が絡んでいたなら、みのりが庁内でスケープゴートにされるのも筋が通る。証拠の改ざん、システム権限の悪用……メッセージの履歴を消せば、個人犯に見せかけるのは容易い。」
俺はノートを開き、そこに新たな線を引いた。
「倉橋和美=実行協力者、管理対策官(仮)=みのりの指示役の仮説ですね。そして内山姉妹はその両者に挟まれた中間点。」
「さて、どこから手をつけるべきか。」
頭を抱える山崎に、俺は冷静に告げた。
「人が罪を犯すのは、刑罰よりもメリットがある時。つまり、名誉、国家資源、そして金。」
「つまり、財務捜査をしなければいけないと言うことか。」
「ええ。金による利害関係は人命をも超える時があります。また、金の流れで新たなことが分かることとあるでしょう。」
俺の発言に中村が反応する。
「なら、内山姉妹に金回りの取調べをしながら、LUXEの金の流れの捜査を並行してやりましょう。捜査二課の的場巡査部長を呼んでましたよね?」
「実はな、錦部長が4月上旬に手を回してくれていたようで、既に財務特別捜査官が財務分析をしているらしいんだ。的場はそこの手子をやっていたらしい。」
山崎は、したり顔でそう言った。
「錦部長、いや、根回しは御厨理事官ですか。さすがと言う他ありません。我々は財務捜査のノウハウも無いですし、何も動けてませんでしたしね。」
俺の言葉に中村は頷き、書類を抱え直した。
「というか、財務特別捜査官ですか!?」
思わぬ増援報告に、決意の光が宿っていた。
財務特別捜査官、ようやく出すことができそうです。




