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1/96〜男女比1:96の貞操逆転世界で生きる男刑事〜  作者: Pyayume
第五章「X」

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第59話「消失」

「まさか、監禁で4人パクることになるなんて、昨日はそこまで思わなかったな。」


山崎の声が、エンジン音の低い唸りに混じって社内に響いた。


その声には興奮よりも、張り詰めた疲労の色があった。



俺と山崎は、後藤の運転で庁舎に戻っている途中だった。


日時は4月29日、午前6時18分。


まだ捜索差押中の現場もあるが、全現場で逮捕状が執行された後だ。


「発足1か月の少人数係とは思えない成果で驚いているよ。」


想定外の事態が起こりすぎた感じはある。


しかし、周りの協力もあり、なんとか乗り切れた。


「逮捕はまだ始まりですよ。これから送致手続きもありますし、裏付けもスピード感が求められますし、強要罪や詐欺罪もあるので再逮捕の準備もあります。」


「相変わらず佐藤主任らしいコメントだね。」


山崎は軽く笑ったが、その口元には言葉にしない落胆の影が落ちていた。


まるで、何かの期待が外れたあとの諦めにも似た表情だった。


「ひとまず戻るまでは、桜木の最後の言葉を振り返ることにします。」


俺は膝の上のタブレットを軽くスワイプし、SPの法人名を順に並べてみた。


『株式会社KZM』

『クシハラ有限会社』

『株式会社みくら』


会社部分を除くと『KZM』『クシハラ』『みくら』。


並べて眺めると、ぱっと見はばらばらの羅列だが、何かが引っかかる。


俺は頭の中で音節と記号を繰る。


KZM――かずみ。

クシハラ――くらはし。

みくら――み・くら、くら……み


小さな違和感が、次第に輪郭をおび、俺の脳裏に浮かんできた。


そう、倉橋の横顔だ。


白衣の隙間から覗く淡い肌、無機質な声、そしてあの時の言葉。


『それでは、また、どこかで。』『まだ、背中は痛みますか?』


その声が、今も耳の奥で微かに残響していた。



俺は思わず独り言を呟いた。


「あー、これ全部、倉橋和美のことを指してたんですね。」


隣に座っていた山崎が俺のタブレットをのぞき込んだ。


「桜木が出したヒントの答えが、倉橋和美という人物だと?」


「ええ、倉橋和美医師。国立男性総合病院新宿の勤務医ですよ。」


俺の言葉に山崎は目を見開いた。


「それって、あのランク降格診断が下りた病院か。……繋がってきたな。」


山崎は低く呟いた。


けれど、その声音の奥に、微かに迷いのようなものが混じっていた。


「係長、大丈夫ですよ。……俺たちは、まだ前に進めます。」



そう言って、俺は画面の検索窓に「倉橋和美 医師」と入力し、勤務先と所属部署を再確認した。


表示されたのは「国立男性総合病院新宿」。


だが、リンクを開いた瞬間、違和感が走る。


「おかしいですね。『倉橋和美』の医師紹介ページが消えています。」


「削除?」


「Wayback Machineという昔のwebページを保管しているサイトには残っているので、間違いなく昨晩から今朝の間に消されています。」


「本人の異動か、それとも……情報の消去か。」


「本人はそんなこと言ってませんでした。突然何かがあったんだと思います。」


俺の発言に山崎は目を丸くした。


「昨日、その医者に会ってたのか!?」


「メンタル検診で。ちょうど私の担当医だったので。でも、あのときの様子、今思えば少し変でした。」


「どういう意味だ?」


山崎が眉をひそめる。


俺は思い出しながら、ゆっくりと言葉を選んだ。


「4年ぶりの診察でしたが、これまでの淡々としている雰囲気ではなく、妙に饒舌で。後、私の脳波を見て『調教済みみたい』と言ったりしてました。」


「調教って、あんた、医者と患者のアブナイ関係か?……いったぁぇ!」


揶揄うように言う後藤に、山崎が運転席越しに蹴りを入れた。


「後藤部長はホント学習しないな?…と、それより調教というのが気になるな。」


「あと、私と同じ波形の人を昔1人だけ見たことがあるとか。モニターには一瞬だけ“住”の文字が見えたような気がします。」


山崎が俺の襟首を掴み、顔をぐっと寄せてきた。


「ほんとか!?ほんとに見たのか!?」


その目は、怒りよりも焦燥に近かった。


山崎はそう言いながら俺の首を前後に振る。


「係長、落ち着いて下さい。一体どうしたんですか。」


優しく諭すと、山崎は急に止まってしまった。


自分のしたことに後悔をしてるのだろうか。


車内の空気が、一瞬止まった。


「係長さ、ほんとは行方不明事件を追いたいんじゃなくて、住田を追ってるんじゃないの?」


後藤がバックミラー越しに視線を送る。


「前、LUXE潜入してた中村を待ってた時に言ってたでしょ?行方不明になった知り合いがいるって。それ、住田なんでしょ?」


山崎が最初に持ってきた行方不明者リスト。


その中で未だ見つからない『住田正人』という男性。


「……佐藤主任、先ほどはすまない。……後藤部長、悪いが答えたく無い。」


山崎は後藤の言葉を受けて俯き、小声で言った。


「答えたく無いなら聞かないよ。ただ、話すべき時には話してよ。」


車内に沈黙が落ちた。


それは気まずさではなく、互いに越えてはいけない線を確認し合うような静けさだった。


---


沈黙のまま、車は庁舎の地下駐車場に入った。


蛍光灯の白い光がフロントガラスに反射し、誰も口を開かなかった。


後藤がエンジンを止める。


低い唸りが消え、代わりに耳鳴りのような静寂が降りた。


「すまない、私は少しだけ一人になりたい。報告は後で共有する。」


山崎がようやく口を開いた。


しかし、その声はとても小さかった。


そう言って、山崎はドアを開けら足早に去っていこうとした。


「係長、夕方には戻ってきて下さいね。」


俺の言葉に振り向かず、去っていく背中に、それ以上の声はかけられなかった。



「……あの人、やっぱり住田に何かあるんだろうね。」


後藤の言葉が、空気を少しだけ重くした。


俺はタブレットを開いたまま、『倉橋和美』の文字を医師登録データベースで検索した。


<該当する情報は見つかりません>


昨日まで医師として勤務していた者が完全に消えている。


俺は無意識に背筋を伸ばした。


『それでは、また、どこかで。』


まさか、最初から覚悟していたのだろうか。


自分が消えることを。

第五章「X」は、次の話で終わりです。その後は第六章に入る予定です。

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