第54話「二箇所の夜明け」
4月29日、午前5時12分。
薄明の空の下、三台の捜査車両が静かにライトを落とした。
無線が一瞬ノイズを吐き、全班のチャンネルが開く。
「対象三名の令状発付。各班、状況を報告。」
一拍の沈黙。
次の瞬間、各班の声が次々に返ってきた。
『毒島班、毒島霧子宅の電気が消えてから動き無し。データ保全班と合流し、マンション出入り口の動線は全て押さえています。Goが有ればいつでも突入可能。』
『緑川班、緑川ひなみも同様動きなし。出入り口固めてます。いつでも着手可能。』
『桜木班、桜木真冬宅、午前3時26分に捜索差押着手。着手時に窓を破壊。水越が作業中。現在の令状では押収に不足有り。』
無線が一瞬だけ静まり、俺は息を整えた。
「桜木宅には私が転身しますのでそのまま継続。未着手二班は令状届き次第着手。抵抗の可能性あり。録音録画を徹底すること。」
そう告げ、無線機を切った。
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【毒島霧子 現場(※三人称視点)】
午前5時36分。
共生エリア外れの高級タワマン、エレベーターが停止音を立てた。
絨毯の敷かれた廊下を進み、部屋の前まで来た捜査員は手信号で合図した。
防音扉の向こうの気配は分からないが、ガスメーターがわずかに回転している。
捜査員がマスターキーを使い、そっとドアのかぎを開けた。
ゆっくりとドアを開くと、隙間からドアチェーンがかかっているのが分かった。
音をなるべく立てないよう、番線切りでチェーンを切断し、ドアを全開にする。
捜査員がそのまま部屋になだれ込んだ。
「警視庁だ!毒島霧子はどこだ!」
返答はない。
バスルームから水音が聞こえたため、捜査員の一人がドアを開くと、濡れた髪の女が振り向いた。
白いタオルだけを巻き、驚愕と苛立ちが入り混じった目。
左の肩にはひじまで繋がるほどの大きな傷があった。
「……何よ、朝っぱらから。」
「毒島霧子さんですね。あなたを監禁罪及び国家資源毀損罪で逮捕します。」
告げると、女は一歩も動かず、唇の端を吊り上げた。
「監禁?国家資源?何のことかわかんないわ。」
一瞬、現場の空気が張りつめる。
その余裕の笑みに、捜査員達は胸の奥で冷たいものを感じた。
「まぁとぼけてもいいですけど。いずれ分かることですから。」
毒島はタオルの端を直しながら、まるで鏡の中の自分を確認するように冷ややかに笑った
「へぇ、まぁ、どうぞご勝手に。」
その言葉に若い捜査員が一瞬だけ眉を動かす。
毒島は我関せずといった様子で下着を身に着け始めた。
「それでは、勝手にしますね。」
捜査員はそう言って、毒島の両手に鉄の輪を嵌めた。
「4月29日、午前5時41分、毒島逮捕!」
捜査員の声が止まり、時計の針の音だけが響く。
そのとき、シャワーの残り水が一滴、タイルを叩いた。
【緑川ひなみ 現場(※三人称視点)】
午前5時50分。
商店街外れの、雑居ビル三階。
自宅ともオフィスとも取れる入り口のドアには「(株)みくら」のプレート。
合図と同時に、捜査員が鍵のかかっていないドアから突入。
事務机に向かっていた若い女が顔を上げた。
「……ちょ、ちょっと何!? いきなり!」
「緑川ひなみさんですね。警視庁です。監禁罪及び国家資源毀損罪の疑いで逮捕します。」
女は手元のノートPCを閉じようとした。
瞬間、捜査員の一人が手を伸ばし、緑川を静止した。
「触らないでよ! 暴力反対!」
「公務執行中です。ご協力を。」
抵抗を見せる女を制しながら、捜査員がモニターを確認する。
開かれていたのはLUXEの予約管理システムの管理画面。
ログインユーザー名は「Green」。
さらに画面には、白いウィンドウが重なっていた。
『該当のデータを削除しますか?』
背後の捜査員の呼吸音が一瞬止まる。
「おい、何かメッセージ出てるぞ!パソコン担当早く!」
現場の捜査員が叫ぶと、データ保全担当が即座にモニターに向かった。
「……これ、外部からの操作っぽくは無いような?」
データ保全担当が小声で呟きながら、写真を撮り、『キャンセル』ボタンを押下し、緑川に向かって質問した。
「手作業での消し込みは誰の指示ですか?」
その質問に、緑川は顔を真っ赤にしながら首を横に振った。
そのたびに彼女の中途半端な金髪が揺れ広がった。
「知らない知らない!何にも知らない!知らないってば!」
緑川がそう言いながら泣きそうになる。
「桜木の指示ですか?」
「……桜木さん、あの人がやれって……でも……」
その“でも”のあとを、緑川は最後まで言わなかった。
緑川が顔をあげ、その表情を見た捜査員の手が止まった。
「桜木の指示でデータ消してたんだね。」
「違っ……私は何もしらない!」
「そう言われても、もう逮捕状出てますから。」
そう言って捜査員が緑川に手錠をかけた。
「4月29日、午前5時57分、緑川逮捕!」
手錠をかけられた緑川はさらに暴れようとして転倒し、床に涙の跡を作った。




