第51話「中村英子:現行犯逮捕」
捜索差押が始まって15分ほど経っただろうか。
内山はいまだ椅子に座ったまま、足を小刻みに震わせていた。
視線は時折、天井の方を泳ぎ、落ち着かない。
気にしているのは、五階に行った佐藤たちの動きだろう。
そのとき、佐藤からの通話が来た。
『中村主任、五階に男性三名の生存を確認。全員、部屋の外から南京錠。監禁の構成要件満たしてます。現行犯逮捕いけます。』
「了解」
私は短く返事をし、通信を切った。
橋本の供述が真実だったことに胸が締めつけられる。
彼らを助けられるのに、半月も待たせてしまったのだ。
「内山いまりさん。LUXE五階で男性三名を監禁していたことに間違いありませんね?」
内山がハッと顔を上げ、目が泳いだ。
額に浮かぶ汗がこめかみを伝い、彼女は虚勢を張るように笑う。
「は?何言ってるんですか。防犯対策ですよ、防犯対策。うちのスタッフはイケメン揃いなんでね。」
「部屋の外から南京錠で施錠するのは、防犯とは言いません。」
私は声を抑え、鋭く続けた。
「被害者三名とも、自分の意思で部屋にいたわけではないと訴えています。いずれもLUXEの男性セラピスト、橋本陽太、北村南人、丸山義春。あなたが運営者ですね?」
沈黙。
内山の喉がひくりと動いた。
爪が膝を掻き、震える息が室内の空気を震わせる。
「内山いまりさん」
私は一歩踏み出した。
「4月29日午前3時18分、あなたを監禁罪の現行犯で逮捕します。」
そう言って内山に手錠をかけた瞬間、空気が変わった。
内山は抵抗もせず、糸が切れたように崩れ落ちた。
床に涙の音が落ちる。
「これより監禁罪の逮捕現場における捜索差押に切り替える。午前3時19分着手!」
私の声と同時に、部屋の空気が爆ぜた。
捜査員たちのブーツの音、紙袋の擦れる音、シャッターの閃光。
これで進まなかった捜索差押現場が、一気に戦場に変わる。
監禁罪に切り替えることで、廃棄物処理法に関連しないもの、つまり男性に関する全てを押収可能となる。
御厨理事官が教えたウルトラCを、佐藤は自分で導き出していたことになる。
「……これで同じ警部補か」
私は思わず、息を吐いて呟いた。
佐藤の判断の速さ、冷静さ、さらに場慣れ感は、時に怖いほどに感じていた。
私が情を抑え、法に従おうとするほどに、彼はまっすぐに『警察官としての正義』を形にしていく気がした。
使命と現実的手段のバランスを取るのが抜群に上手く、まさに理想の刑事だった。
「……負けてられないな。」
私には私の職責と任務がある。
床に座り込んだ内山と視線を合わせるため、私は膝を折って話しかけた。
「内山さん、あなたの取調べを担当する中村です。とりあえず椅子に座りましょう。」
私の指示に内山が従って、椅子に腰かけた。
内山の肩が小刻みに震えている。
強がっていた仮面が、ようやく剥がれたのだろう。
ここからが本番だ。
「改めて、私は警視庁捜査第一課の中村英子と言います。内山さん、あなたの事も教えてください。」
「……」
内山は俯いていて全く答えようとしない。
話す気が無いという意思を強く感じる。
これまでの経験から、こういう時は北風と太陽方式がいいはずだ。
「このお店、デザイン家具でまとまっててお洒落ですよね。入った瞬間に優しいアロマが、癒しを感じました。これ、何の香りだろう?」
私が独り言のように話しかける。
「『テルペン』っていう商品…」
内山がようやく会話のキャッチボールを始めてくれた。
「そうなんですね。初めて知ったアロマだ。甘い花のような香りですよね。」
「大麻由来の天然成分が入ったアロマだよ…普通に店で買えるやつ…」
私が大麻という単語にぎょっとしたものの、一般購入可能な品であれば問題無いはずだと判断した。
「そうなんですね。私も家に置いてみようかな。……普段、どの辺で買ってます?」
少し間を置いて、雑談に見せかけた。
私は焦らぬよう気を付けながら、会話をさせることに集中する。
「あー、よく行く池袋のシーシャバーがアロマも扱ってて…そこで……」
「シーシャかー、私シーシャってやったことないんだけど、どんな感じなの?リラックスする感じ?サッパリする感じ?」
「私はスーってするミント系とか好きかなー。ってか警察官はシーシャとか嫌いそうだよね。やったことないのイメージ通りだ。」
そう答えながら、内山から少し笑みが零れる。
サツカンという響きに、内山の反抗心と恐れが混じって聞こえた。
しかし、それを咎めるより、受け止める方が今は早い。
なぜなら、彼女の第一段階の防波堤は突破できたようだったからだ。
「そうね。たしかに煙は苦手かも。でも、話を聞く分には興味あるな。」
私は微笑みを返しながら、わずかに身を乗り出した。
『池袋のシーシャバー』という一言が私の記憶に引っかかった。
もしかしたら繋がるかもしれないと。




