第45話「ニュース」
到着ゲートの照明が視界に入った瞬間、後藤が短く息を吐いた。
「……着いたな。」
フロントガラス越しに見えるターミナルのガラス壁が、反射でぼやけている。
赤いランプが濡れたアスファルトを照らし、滑走路の向こうでは、出発機の尾灯が線を引いて消えていった。
俺はスマホを取り出し、再び中村に連絡を取る。
「佐藤現着、状況はどうですか?」
『内山いまり、内山みのり、共に機内にいません。降ろされたみたいです。』
「……どういうことですか?」
『分かりません。ただ乗客を下ろせるのは航空会社か税関か、そこに上から命令を下せる省庁ですかね。』
中村とのやりとりの傍、横目で空港待合のロビーの画面のニュース映像に驚愕した。
<資源庁、男性DB3000人以上誤登録か!?〜システム改修中のミスか、それとも意図的操作か〜>
映像が流れている大型モニター前がざわついていた。
スーツ姿の客が立ち止まり、ニュースキャスターの声が響く。
「な!?」
俺は開いた口が塞がらなかった。
資源庁のデータベースが再編作業で止まるというのは知っていても、理由については通知されなかったはずだ。
事実、再編理由も御厨理事官にすら『風の噂』程度しか流れていない。
「中村主任!資源庁のニュース見ました!?」
思わず声が上ずる。
俺の声につられて、後藤もモニターを振り返った。
ロビーの客たちがざわつきがさらに大きくなる。
ニュースキャスターの声が、ガラス壁に反響して聞こえた。
<資源庁が管理する男性情報データベースにおいて、三千人前後の個人情報が誤って登録・更新された可能性があるとのことです。内部関係者によりますと、担当していたシステム企画課の職員は現在、謹慎処分を受け……>
後藤が低く息を吐いた。
「……みのりだ。」
俺は即座に中村へ問い詰めた。
「ニュースに出たシステム企画課職員が、内山みのりか裏取れますか?」
『今、山崎係長が対応中です。こちら側でもおそらくは、資源庁の権限で止めた可能性が高いという話をしてます。関係者保護を名目に。』
「確かにこのネタで資源庁が炎上した上で、謹慎してる人間が海外にトンズラなんて、上層部の首丸ごと挿げ替えられる事態だもんね……。」
後藤が後に続いた。
「中村主任、一旦切ります…続報あればすぐに下さい。」
俺はそう言って通話を切った。
<資源庁関係者によりますと、データベース改修を担当していた職員は既に自宅待機中であり、警察当——>
ニュース映像は同じ内容を何度もループ再生していた。
そんな中、再びスマホが震えた。
<内山班、間も無く現着>
素早く『了解、国際線ターミナルに来たら電話を』とだけ打って、俺は後藤たちに指示を飛ばす。
「そろそろ内山班が来ます。私たちは内山姉妹を探しましょう。」
空港ロビーでは、誰もがニュースを見上げ、ざわめきが波のように広がっている。
国の中枢であり、国力の源でもある国家資源に関するデータベースの問題は、それほどまでにインパクトの強いものだった。
「……これで、内山みのりの足止めは確定ね。」
「そうですね。資源庁権限なら、表向きは“保護”。実際は監査対象としての軟禁。」
「で、姉は一人残されたってわけね。」
俺はうなずき、再びスマホを手に取る。
「係長、内山いまりを確認したら追尾、内山班に引き継ぎをします。内山が自宅に帰るようなら、それを確認して当初の予定通り6時に捜索差押に着手させます。」
『わかった。空港はそこそこ男性もいるだろうが、目立たないようにな。』
「了解。引き継いだら本部に転進しますので。」
通話を切り、俺は短く息を整えた。
「後藤部長、森下さん。いまりを探します。私たちは防カメ確認を、直接確認は空港署の巡回員に頼みましょう。」
「了解。……流石に防カメの荒い画像は、散々兎を追いかけ回したあたしらで拾うしかないね。」
空港署の協力もあり、空港内のセキュリティセンターに入室し、カメラ映像を見せてもらう。
幸い、内山姉妹はすぐに見つかった。
防カメ映像からは、二人は旅客機から降ろされ、みのりはそのままスーツ姿の二人組に連れていかれ、いまりは一人で待合室から外に出ていた。
「兎はワンピースにカーデガンですね!珍しいです!」
「流石に海外旅行ときたら、普段のパーカーじゃないねー」
動線を追いかけると、15分前に空港内の和食レストランに入った姿を確認した。
「私、ここの親子蕎麦セット好きなんですよね。飛行機乗るたびに食べてますよ。」
「わかるわー、ここ出汁がちゃんと効いててうんまいんだよねー。」
森下と後藤の雑な会話に少し緊張が抜けた。
俺が空港署員に連絡すると「親子蕎麦セットを飲食中」という報告がきた。
その報告の後、合流した内山班に引き継ぎをし、俺たちは本部に戻ることにした。
捜査車両に乗り込み、ラジオをつけると、やはり資源庁のニュースが流れていた。
「このニュースに救われましたね」
俺はぽつりとこぼした。
「ああ、でも完全に炎上してる。ここまで来たら庁舎ごと燃えるな。」
と、それに反応する形で、運転しながら後藤もかえした。
俺はタイミングが良すぎると思いながら、本部までの少しの間、目を閉じた。




