第44話「緊急走行」
中村の声が響いた瞬間、フロアの空気が徐々に熱を帯び始めた。
「搭乗者名は?あと同乗者もだ!」
俺が問うと、中村は画面を凝視したまま答えた。
「……名前は内山いまり。女。同乗者は…内山みのり。女です。」
「内山みのり!?妹か!」
山崎が眉をひそめた。
確かに、内山いまりの戸籍謄本に妹の記載があった。
しかし、兎の行動を確認した時の居住地と住所が異なっていたため、深く調べていなかった。
俺はスマホで戸籍謄本に記載されていた住所を入力し、結果を見て驚愕した。
「内山みのりの住所、資源庁の単身者住宅です。」
俺の報告に、これまで目を閉じて座っていた御厨が目を見開いた。
「資源庁、これで繋がったな……私は少し外すぞ。」
御厨はそう小声で呟いて、部屋から出ていってしまった。
それに気づいた者は俺以外誰もいなかった。
と、その時、部屋に電話の音が鳴り響いた。
中村が1コールで取ると、何やら揉めている様子が窺えた。
1分ほどで通話が終わると、苦虫を噛み潰したような表情の中村が言った。
「空港署から連絡。確認の結果、内山は既に保安検査場を通過。制限区域内につき、逮捕状を持っていない警察官の立ち入りは出来ないとのこと。」
中村の言葉に、フロアの空気が一瞬にして凍りついた。
「……は?何言ってるのよ、空港署は。」
後藤が顔をしかめる。
「こちらが不法行為の現認もしている被疑者だぞ!施設管理権も制限区域もないだろ!」
そう言いながら山崎が激しく机を叩いた。
「後藤、車出せ!森下は俺と行くぞ!係長は本部指揮を続行!中村は空港署巡回員に直接連絡!」
俺は上着とメモ板を持ち、すぐに立ち上がった。
「あいよ!」と後藤が上着を引っかけ、俺の後に続く。
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庁舎を出ると、冷たい風が頬を刺した。
ランプを点灯させると、赤い光が濡れた道路を切り裂くように回転する。
「後藤、離陸まであと50分しかない。慌てず急げ!緊急走行の最高速度、分かってるよな?」
俺は、助手席でマイクを取り出している森下を横目に後藤に聞いた。
「下80、上100、こう言う時に、切符切られる訳にはいかないから、守るよ。」
「いや、ベタ踏みしろ。国家資源保護の条件なら最高速度は存在しない。そうだろ?」
「……わかったよ、舌噛まないでよっ!」
後藤がアクセルを踏み込むと、捜査車両は重たいエンジン音を唸らせながら首都高に飛び乗った。
湾岸線に出たあたりで、中村から通話が来た。
『内山みのりは、国家生殖資源庁・総合管理局・システム企画課所属と判明。』
「システム企画課……。じゃあ、内部の脆弱性はかなり把握してそうだな。」
俺の言葉に後藤が舌打ちした。
「ったく、姉妹仲良くお話し聞かないといけないね」
『その通り。ただみのりに関しては…どうやって連れてくるか。……根拠法令を探してます。』
「……ありがとうございます。とりあえず、間に合わないことには何ともならない、ですね。」
『はい。』
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首都高を物凄い勢いで進んでいた矢先、後藤の拳がハンドルを握りつぶしそうなほど力が入り、急にブレーキを踏み込んだ。
フロントガラス越しに、赤いテールランプの列があるのが分かった。
「やばいよ渋滞!どん詰まり!」
「完全に詰まってますね。この車が通る隙間も作れないでしょうね。」
俺は顎を引いた。
「迂回しようにもまだ出口は先だよ。どうする?」
俺はナビの地図が明滅するたび、秒単位で運命が削れていくように感じた。
そして、しばらく無言の時が流れた。
『佐藤主任、空港署の宿直責任者と繋がりました。ただ……』
車内の静寂を破ったのは、中村からの無線だった。
「ただ、どうしました?」
『既に旅客機への搭乗済みな上、航空会社が米国のため、交渉に時間がかかってるとのことで…』
俺が時計を確認すると0時半を回っていた。
「後20分で飛行機の離陸時間です。それまでに承認が下りる目処はついてますか?」
『空港署の肌感覚では間に合わないだろうと…』
薄々分かってはいたが、直接聞くとショックが大きい。
このままでは、内山だけ逃げられてしまう。
「ふぅー。分かりました。」
しかし、焦っても仕方がない。
あとはもう、離陸が遅れることを祈るだけだ。
十数分かけ俺たちは渋滞をようやく抜け、羽田空港に着いた。
俺が腕時計を見ると、時刻はちょうど午前1時を示していた。
離陸時間を10分過ぎていたことがわかった。
「間に合わなかったか……」




