第37話「空中散歩」
マイク付きのヘッドホンをしてはいるものの、ローターの音が耳の奥を叩いていた。
夜の街の光が、次々に流れていく。
機体が傾くたびに、シートベルトが腰に食い込んで息が詰まりそうになる。
隣では後藤が、何度目かの舌打ちをした。
「おい、何であんたがいんだよ!あんたの現場は執務室でしょうが!」
「いいじゃないですか、こんな機会ないんですから。私も乗りたかったんですよ。」
「遊びで飛んでんじゃないんだよ、これは!」
「知ってますよ。でも、屋上の監視者割らないといけないの、後藤部長もわかってますよね?」
「……チッ。だいたいあんたSランクなんだから、何かあったら責任取れないでしょ!」
「まぁそうなったら責任取るのは上司の仕事なので。山崎係長には事後承認貰うつもりですから。」
「この馬鹿!」
ヘッドセット越しでも後藤の怒りが伝わってくる。
「大丈夫です。佐藤主任は私が命に代えても救助します!」
そう言いながらヘリの操縦士が夜の川をなぞるように旋回した。
目的のビル群が見えてきた。
俺と後藤と森下は景色を確認すると、ヘリコプター内部のモニターに目を移した。
「近いです。もう少し北西方向です。」
俺の指示を聞きながら操縦士がLUXEの屋上に近づく。
「あ、今日もいますね!」
森下が指をモニターに指をさした先には、LUXEの屋上でスマホを見ている人影があった。
流石にスマホの画面までは見えないが、十分確認可能だ。
後藤がズームを上げると、背格好が確認できるレベルになった。
柵に寄り掛かった長い髪の女が膝を抱えて座り、スマホの光を覗き込んでいる。
髪の毛は中途半端に金髪だった。
「あいつプリン、です」
森下が言った。
「今日はたまたまプリンが監視してるだけかもしれないが、新しい顔じゃないね」
後藤が頷き、期待外れだとも言いたげだ。
そんな時、夜の街で少し目立つ白のパーカーで。フードを被った人間がLUXEから出てきた。
「まってください!下、出口から兎です!」
「あの歩き方、確かに兎に見える」
室内に緊張が走り、俺の心拍も早くなるが、不思議と恐怖はなかった。
むしろ、最近書類仕事ばかりだったためか、久々に血が巡る感じがする。
「カメラ固定、座標マークしました。」
オペレーターの声がヘッドホンから響く。
「撮影継続。森下、地上班に送れ」
後藤が淡々と指示を出す。
さっきまで怒っていた顔が、もう現場のプロの顔に戻っていた。
私はふと、窓の外を見た。暗闇の中で、街が息をしているようだった。
下では、誰かの生活が続いている。
その屋上で、ひとりの元SPが、別の誰かの人生を裏で操作している。
「後藤部長」
「なんだ」
「終わったら、一杯行きません?」
「バカ、まだ始まってないよ。それに、男から酒なんて誘うもんじゃないよ!好色だと思われるよ!」
そう言いながらも、笑った後藤の横顔が、いつになく穏やかに見えた。
機体が再び旋回し、モニターは確実に兎をとらえている。
今日で突き止めてやると、話さなくても全員が思っていた。
ヘリコプターに乗ったことが無い故に短めになってしまいました。
あの、プルルルルっていう音は、「ヘリコプターのローターの音」と言うらしいですね。




