第36話「飛べ」
後藤の雄叫びが終わった頃合いを見て、俺は話し始めた。
「ただ、LUXEであれば強硬手段に出るより、雲隠れする可能性の方が高いと判断しました。」
俺の言葉を受けて二人も、納得している雰囲気だ。
「さらに、中村主任が自ら踏み絵を踏んだとしても、それは捜査手法の一つです。そこで躊躇して踏み絵の結果を証拠に結びつけられないまま、直接介入するのは実態解明を困難にします。」
後藤は机をひと叩きして立ち上がる。
「分かってるよ!分かってるけど、現場にいたら黙ってらんないでしょ!あの男は純然たる被害者でしょうが!10:0で男達を陥れた奴が悪いと思わないの!?」
「悪いと思っているし、法にふれているから捜査してるんです。失敗出来ないからこそ慎重に動くんです。」
俺は静かに返した。
「後藤部長の残タスクは二つ。一つは兎の人定把握。二つ目は、屋上の監視者が誰か特定すること。これが分かれば、令状の範囲を広げられます。」
森下が震える声で訊いた。
「具体的には、何を準備すればいいですか?」
森下はそう言いながら泣きそうになっている。
「張り込みしようにも、あそこはカメラで監視されていますし、屋上に人が張り付いてますし…私たちが失敗したから…」
森下の目から涙が溢れそうだ。
「あるじゃないですか。誰からも邪魔されずに覗ける場所が。」
そう言って俺は上を指差す。
「まさかドローンでも飛ばすっていうの!?あんなの五月蝿くてすぐバレるでしょ!」
後藤が激しく反論した。
「違います。もっと上です。」
「「はい?」」
後藤と森下が口をあんぐり開けて混乱しているのがわかった。
「ヘリに乗って下さい。」
「お前マジもんの馬鹿じゃねーの?」
後藤が俺に侮蔑の視線を投げかけてきた。
「うちの航空隊は災害救援用だ、乗せてくれるわけねーだろうが!民間に頼むのか?いくらかかると思ってるんだ!そんなの承認されるわけないだろっ!!」
後藤の語気が強まり、言葉遣いも乱暴になった。
それほど無茶を言っているのは俺でも理解できる。
「御厨理事官ですよ。理事官が10日以上前に警備部の航空隊副隊長に話をつけてくれてます。」
俺がなるべく落ち着いたトーンで二人に説明する。
「なぜか聞いたら『いつか必要だと思ってね』と笑っておられました。実務担当とは住所を告げればすぐにでも出動してもらえるよう体制とってます。」
「……とんでもないね」
俺も、御厨理事官の用意周到さには舌を巻いた。
ただで航空隊を動かすというのは出来ないため、既に男性監禁事案として打ち合わせ済みだ。
航空隊側は、今回の案件を“国家資産保護”と明確に位置づけ、優先対応として快諾してくれた。
「兎と監視者、どちらからでも構いません。複数日程飛ばしてもらえる様調整してますから、必ず特定して下さい。」
俺の言葉に、後藤と森下が頷いた。
「それから森下さん」
俺の呼びかけに、森下はビクッと体を震わせた。
「失敗は誰にでもあります。ただ、失敗の報告は早い方がいい。少しでも失敗した、不安に思ったという時は上司に正確に速報して下さい。そういう時の上司は、状況を正確に把握し、リカバリの指示を出すためにいます。」
森下は大きな声で『はい!』と返事をした。
わずかに赤くなった頬に、若い刑事らしい気丈さが戻っていた。
「それでは、明日から飛べるように手配しておきます。」
「悪いね、佐藤もやることあるってのに…」
珍しく潮らしい反応を見せる後藤に、少し笑ってしまった。
「いいんですよ。気にしないでください。とりあえず明日は航空隊集合ということでお願いしますね。」
後藤と森下が頷いた。
「じゃあ私も明日動けるようにもう少し残業しますので、お二人は任務解除で大丈夫です。お疲れ様でした。」
「あぁ、おつかれ……って、え?あんたも来んの!?!?」
調べたところ、警視庁は航空隊にヘリを複数台持っているみたいです。
それを知ったら、何とかヘリを登場させたかったんです。




