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1/96〜男女比1:96の貞操逆転世界で生きる男刑事〜  作者: Pyayume
第四章「それぞれの準備」

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第34話「後藤由紀:張り込み」

LUXEの裏手にある細い通りは、昼間でも人通りが少ない。


22時を過ぎた頃、あたしの乗っていた銀のミニバンはひっそりと路肩に停まった。


ここに停めるのも6回目、大分出勤パターンも見えてきて、張り込みの成果も上々だ。


今日の獲物は“兎”、LUXEの従業員で一番色白の女だ。


こいつの自宅住所ヤサが割れれば、すべての従業員の特定が終わる。



湿気を含んだ春の風が吹き抜け、アスファルトが街灯を鈍く返している。


静かな夜、その静けさを、ミニバンのアイドリング音だけが掻き乱していた。


「……エンジンきって。」


あたしは、煙草に火をつけながら運転席の巡査長に小声で言った。


「は、はい!」っと言ってエンジンを止めたのは、森下萌と言う。


警察学校での成績は上の中で、ストレス耐性が高いとの判断で新宿署に卒業配置し、2年も経たずに覚せい剤の職質検挙をした未来のエースと聞いている。


そのまま、新宿署の刑事課に登用され1年間刑事やったらしいけど、あたしから見ればまだまだひよっこだ。


今回、御厨理事官の人集めで、特務捜査係の小間使いとして招集させられた女でもある。


「この張り込み、気付かれたら終わりだから。考えて行動しな。」


そう言いながらも、私は通路から目を離さない。


森下は小さく頷くと、手帳に何かを書き込んだ。


横顔が街灯の橙に照らされる。


まだ若いためか、肩に力が入りすぎている。


それに睫毛の先に、緊張の汗が光っている。



あたしは煙草の煙を細く吐き出し、目を凝らした。


そこにはLUXEの裏口、おそらくは従業員出入り専用の黒いドア。


昼間は搬入トラックが止まっていたが、夜になると人影だけが出入りすることが分かってきた。



23時19分、一人目が出てきた。


白いシャツに黒のスキニー、髪をひとつに束ねた女。


顔は伏せていたが、顎の線が妙にスリムに整っている。


あたしらは勝手に“顎”ってあだ名をつけている。


ちなみに、LUXEの従業員の女は4人でそれぞれ“プリン”、“タトゥー”、“顎”、“兎”だ。



「森下、顎が来た。カメラ。」


「はい。」


彼女が小型のデジカメを向け、無音でシャッターを切る。


あたしはすぐに小声で言った。


「ズーム無し。ピントズレる。固定で追う。」


「了解です。」


顎の家は前の張り込みで特定済みだ。


じきに他の捜査員が名前を特定してくるだろう。


今日の獲物は別のやつだ。



その十数分後、LUXEに見知った影が現れた。


グレーのロングスカートにニットを着てピンクマスク、肩から革のショルダーと、いつもとは違い私服だが中村だ。


「……は?中村の潜入って今日だった?」


思わず声が出て、森下がこちらを振り向く。


「中村主任、ですか?」


「そう。共有に上がってる予定表じゃ、明日だったはず…」


「今見ています!……あ、明日の18時に客として潜入予定のはずです!」


あたしは煙草を灰皿に押しつけ、息をひとつ吐いた。


夜風が入ってくる。どこか甘い香水の匂いが混じっていた。


「あいつ、完全に客としての恰好してるね……」



中村がLUXEの前を素通りし、隣のコンビニに入ると、LUXEから男が現れた。


「森下、男!しかもSP無しだ!顔写したら見せて!」


「はい!」


森下がシャッターを切ってすぐにカメラを渡してきた。


すぐさま顔部分を拡大すると、行方不明者の橋本陽太だった。


たしかLUXEでのセラピスト名は『太陽』で、中村が初めての潜入の時に指名したやつだ。


行方不明者リスト洗い直した時に、中村が見つけて驚いてな。


橋本はそのまま中村の後を追うようにコンビニに入っていった。


「中村主任と同じコンビニに入りましたね。二人鉢合わせたらまずいんじゃ…」


森下の発言はその通りだ。


最近来た客が予約以外の時もうろついてるとなれば、警戒レベルが上がってしまう。


「…なにしてんのよ、あいつ!」


このままだと事件そのものが崩れてしまうかもしれない。


そう思った時、なんと中村は橋本を連れてコンビニから出てきた。


私は一瞬思考が止まったけど、すぐに中村が何をしているか気が付いた。


「……は?裏引き?バカかあいつ。」


私の呟きを聞いた森下は不思議そうな顔をした。


「裏引きって何ですか?」


「裏引きってのは、店通さないで客を取る行為。準合法セクターでも裏引きした奴が売防法でパクられてるのに、完全違法店の裏引きなんて、アイツ何考えてんだ!」


怒鳴りそうになる声を飲み込みながら、あたしは二人を目で追いかけた。


中村と橋本は、コンビニ袋を片手に並んで歩いている。


その距離はSPと男性という関係より遥かに近い。


そのまま裏路地の奥、LUXEの搬入口とは逆側に向かっていった。


「森下、記録取れ。位置、時刻、服装、全部。」


「はい!」


森下が慌ててGPS端末の記録を始めるものの、指が小刻みに震えている。


緊張もあるだろうが、現場で想定外に遭遇したときの混乱だ。


新人にはよくある。


「一旦息全部吐いて、森下。焦ると見落とす。」


「……すみません。」


「謝る暇あったら目を使え。今の状況は、誰も上に報告するな。証拠だけ確実に残せ。」


あたしは何気なしに、ゆっくりLUXEの屋上を見た。


そこには、金属柵の影に、微かな赤い光、それに不自然に動く四角い白い光。


通信機器のLEDとスマホだらうか、確実に屋上に誰かが何かを見ている。



「やばいな、……屋上からもこっちが見えてるかもしれない。」


森下が顔を上げた。


「私たちですか?」


「分からんが車出すぞ。」


森下が慌ててエンジンをかけ、ライトを落としたままギアを入れる。


ミニバンがゆっくりと少しだけ後退し、そして前に出た。



「どこ向かえばいいですか?」


運転席で森下がおそるおそると言った様子で尋ねてきた。


「一旦本部戻るよ。今日は打ち切るしかない。仕切り直しはまた考える。」



不安が胸の奥に広がる。


なぜなら、20年間の警察経験が私の頭で『気付かれたぞ!』と叫んでいたからだ。


後藤さん、あれだけ出来る刑事風で偉そうだったのに…

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