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1/96〜男女比1:96の貞操逆転世界で生きる男刑事〜  作者: Pyayume
第三章「潜入」

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第30話「御厨葉子:酒の肴」

長引いた業務をようやく片付け、すっかり夜も深くなってしまった。


金曜の22時だというのに、私の腹にはまだ酒が一杯も入っていない。


上になれば早く帰れると諸先輩は言ったが、理事官職は案外やることが多い。


現場で汗を流す捜査員の情報を精査し、効果的に上へ報告し、他所属との折衝や外部からの追及をかわし、組織の威を保つ。


得た情報と持っているコネを駆使して組織の利益を取ることが、結果として社会秩序の維持に繋がると、私は痛感していた。


そろそろ帰ろうかと思っていたところに、山崎係長から電話連絡が入った。


「御厨理事官、すみません!遅くなりました!」


声のする方へ視線を向けると、荒い息遣いの山崎がいた。


私がまだいると分かり、大慌てで駆けつけたのだろう。


佐藤主任絡みか、そう直観した。


「まぁ落ち着きなさい。報告は息を整えてからでいい。」


そう言いながら、自席足元のミニ冷蔵庫から四合瓶を取り出す。


「これは田舎の米で造ったやつでね。報告がてら一杯付き合ってくれないか?」


山崎は一瞬戸惑ったが、報告用のテーブルに静かに腰を下ろした。


「……お言葉に甘えます。」


徳利に酒を注ぐ音が、机の上で小さく鳴った。


「では、まずは乾杯っと」


「はい!いただきます!」


山崎は大きめに声を出して徳利を口にし、目を見開いた。


「……んっ、うまい。キリッとして喉越しがいいですね!」


「気に入ってくれて何よりだ。」と私は応じ、杯を傾けた。


「で、山崎係長。報告というのは、例のLUXE案件だな?」


穏やかな声で問うと、山崎は深く息をついて頷いた。


「はい。進捗はメッセージでお伝えしていましたが、佐藤主任の案でXデーを決めました。潜入と同時に男性保護通報を発令し、即時強制で現場を押さえる計画です。」


私は杯を置き、目を細める。


「保護通報をトリガーにするか。大胆な発想だ。」


「しかし筋は通っています。資源庁の更新タイミングを狙う以外に、生殖特捜の迂回手段はありません。」


山崎の声は震えながらも確信を含んでいた。


私は杯に口をつけ、喉を潤した。


「なるほど。あの小僧は傑物だな。女だったら即幹部になっていてもおかしくない。」


私は半ば冗談めかして言い、山崎はちょっと肩をすくめた。


「ただし、Sランクの男性を前線に立てるのは、君の一存で済む話ではない。上は一斉に騒ぐだろう。」


「承知しています。だから早めに理事官にご相談に上がりました。」


山崎の声は素直で、かつ緊迫していた。


私は小さく笑った。


「まるで自分の首を差し出すような顔だな。まさか、君が彼の案に賛同しているとはね。」


「はい。正直、彼の案には理解しがたい点もあります。しかし事件解決に向けた一貫性と、現場に対する敬意が感じられます。」


窓の外で、夜景の灯りが静かに瞬く。


私は杯を置き、言葉を選んだ。


「君は知らんだろうが、この国には『必要悪』という言葉で片付けられるものが確かにある。上層はたいてい、その上澄みを守るための装置だ。資源庁への癒着、選ばれなかった者たちへの数少ないガス抜き。そうした歪みを見なかったふりで回している部分もある。」


山崎の顔が硬くなる。


「手を引けということですか?」


「いや、私は個人的にはそんな必要悪は嫌悪する。人を踏み躙って利益を上げる行為なんぞ、警察官として絶対に許さないと思っている。だが、現実は灰色だ。」


私は少しだけ視線を落とし、続けた。


「今回のLUXEは単なる風俗店ではない。国家資源の不正流用、人体の扱いにまで踏み込んでいる。放置すれば、大きな人権侵害が続く。だが潰せば、資源庁の信用失墜という政治的波紋が広がる。それが現実だ。」


山崎は拳を軽く握りしめた。


「だから、我々は慎重に、そして確実にやらねばならないのですね。」


「そうだ。」私は答え、静かに机の上の端末を取り出した。


「私ができることは二つだ。表向きは報告の段取りを整えつつ、裏では君たちが使える『資材』を用意すること。だが、条件がある。」


「条件とは?」


私は四合瓶に指を添え、山崎の目を見据えた。


「まず、手順は厳格に。証拠の客観性を守ること。いい加減なやり方で突入して証拠を潰すような真似は許さん。癒着弁護士共クソハイエナは片っ端から違法押収だと訴えてくるぞ。全部跳ね除けられる完全な押収手続き、保管をしろ。」


私の発言を山崎はしっかりとメモしている。


「二つめ、捜査指揮権を刑事部長に移すこと。万一何かが起きた時に、私や君では説明責任を負うことすら出来ん。刑事部長は私が口説き落とすから信用して欲しい。」


山崎の瞳がさらに真剣さを増した。


私もその熱に当てられて声が熱くなる。


「三つめ、最も重要なのことは、メンバーをきちんと信頼すること。特務捜査係だけじゃない。私や、これから応援としてこの案件に参画する者を含めてだ。人は信頼と責任をうまく与えることでパフォーマンスが高まる。困難を乗り切るために、全員が最高の成果を残す。どのように信頼するのか、幹部として考え、実行してくれ。」


山崎はしばらく沈黙した後、ゆっくりと頷いた。


「わかりました。必ずやり遂げます。」


「よかろう。」私は徳利に酒を注ぎ、再び差し出した。


「では、最後に一つ頼みがある。Xデーの前日、廃棄物処理法はいしょりほうでの捜索差押令状ガサじょうを請求してくれ。」


私の言葉に山崎は首を傾げた。


「そのくらいの手間であれば構いませんが、捜索範囲《ガサ場所》と意図を伺っても」


この質問で山崎が幹部としてはまだまだ発展途上であると確信した。


「範囲は関係場所全て。そしてそれが必要な理由は2つだ。1つは、仁義切るのには武器がいるのでね。2つ目は…」


一旦、言葉を区切る。


もしかしたら、あの男には伝わるかもしれない。


「イレギュラーが起きた時の、“ウルトラC”だよ。」


山崎の顔がさらに曇るが、質問は返してこない。


「まぁ係で共有してくれ。では、よろしく頼む。」


山崎は感謝の色を隠さず、深く頭を下げた。


「わかりました。いろいろご配慮、ありがとうございます。」


杯を交わした後、山崎は立ち上がり、背筋を伸ばした。


「では、失礼します。明日から手配を開始します。」


「頼むよ、山崎係長」私は窓の外の夜景を一度見やり、そしてそっと口をつぐんだ。



夜の冷気が窓ガラスを震わせる。


山崎係長の影が消えたのを見て、私は受話器を上げた。


「こんな時間にすまないね…えっ、不夜城の社会部には関係無いって?…流石、SK新聞のエース記者は違うね。」


話しながら机上を見ると、まだ少し酒が残っていた。


「で、早速本題なんだが、男絡みの良いネタがあってね。他の新聞社に勝ちたいだろう?君になら情報をリークしても良いんだが…え?なんでもするって?ありがたいね。」


話しながら、残っていた日本酒を一気に飲み干す。


「……、ではよろしく頼むよ。長谷君」



御厨理事官は敵か味方か…

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