第22話「中村英子:潜入①」
いよいよ潜入編です。
しばらく、捜査員視点となりますので、ご承知おきください。
夕刻。
陽が沈みきる前の空が、都市の硝子に反射して鈍い金色を帯びている。
車のエンジンが静かに止まり、後藤が振り返った。
「ついたよ。……中村主任大丈夫?」
私はシートベルトを外し、短く頷いた。
「ええ。心配ありがとう。いってくるわ。」
短い沈黙のあと、山崎係長が小さく息を吐いた。
「やばいと思ったら即ボタンで知らせること。気づかれる可能性を考えて店舗にはいったら通話は無し。いいわね。」
「了解。……行ってきます。」
ドアが閉まる音が、私の耳には妙に乾いて響いた。
私は、黒いコートの襟を立て、歩道を歩き出す。
これまで内偵なんて何回もやってきたけど、違法風俗店、ましてやここまで監視の目がある状況は初めて。
LUXEは、地図上では準合法セクター『リラクゼーション・サロン』と記されている。
後藤が前に撮影した通り、ビルの入り口から監視カメラ。
上階に並ぶネオンサインの灯りでうまく隠しているのが、余計に周囲への警戒心を強調していた。
入口に料金表付きの看板もなければ、呼び込みもいない。
営業時間表示も、どこにもなかった。
「……ここが、準合法を装った違法風俗。」
胸の奥で呟くと、自分の喉が乾きが強くなった気がした。
コートの内ポケットに忍ばせた承認票が、汗ばんだ指先に貼りついた。
無機質なエレベーターに乗り、4階で降りると一つのドアに小さなインターホンがあった。
入口を移すように監視カメラが2台あり、私の姿と顔を映しているようだった。
インターホンを押すと、声は何も帰ってこなかった。
「すみません。承認票とカードを持っているのですが…」
震えそうな声をしっかり張って、私は持っていた封筒をインターホンに向けた。
『ご予約はありますでしょうか?』
無機質な声が帰ってきた。
「すみません、予約はしてなくて……今日は難しいでしょうか?」
一瞬の静寂の後、電子錠のロック音が鳴った。
『どうぞ、お入りください。』
私が中に入ると、空気が一変した。
外の暗く冷たい雰囲気が嘘のように、温度と湿度が一定に保たれている。
甘い花の香りが、鼻の奥を突き刺した。
壁は白く一見すると医療施設のようだが、それは清潔感があって良い雰囲気だった。
「ようこそ、LUXEへ。」
受付の女は、白衣のような制服を着ていたが、名前などの表記は無かった。
顔は柔らかく笑っているが、目だけが笑っておらず、仮面のように整った微笑。
受付の机の上には、精巧にできた20㎝程のバラの花のガラス細工が輝いていた。
「綺麗なガラス細工ですね。」
と私が言うと、女は「オーナーが誰かから頂いたようで、大切にされてるんですよ。」と返してきた。
私が微笑みで返すと、女が私に手を差し出した。
「承認票とカードを拝見してもよろしいですか?」
私は封筒を差し出すと、受付の女が機械にカードを通す。
小さな電子音が鳴り、女の顔が一瞬曇ったが、私に向き直ると何事もなかったかのように女は頷いた。
「確認いたしました。こちらの不手際でカードにエラーがあったようです。申し訳ありません。」
そう言いながらも女からは謝罪の意は見えなかった。
「ただ、カード情報が確認できませんでしたので、本日はスタンダードコースのみのご案内となりますので、ご了承ください。」
「それは、仕方ないですね。わかりました。」
私の肯定を受け取った女が、奥の扉が開いた。
「それではこちらへどうぞ。」
案内されたのは2畳ほどの待合スペースだった。
ウォーターサーバーとソファが3脚あるだけの部屋だ。
ソファに座ると、先ほどの女が入ってきた。
「初めてのお客様ですね。簡単にスタンダードコースのご説明を致します。」
そういって見せられたのは料金表だった。
===コースのご案内===
※初回は入会金5,000円いただきます。
※指名料金はセラピストランク毎変わります。
【スタンダードコース】
(ヘッド・フェイスセラピー、ボディケア、フットリフレクソロジー、※キス、※オイルマッサージ)
お試し60分:30,000円 ※印メニューは含まれておりません
基本の90分:50,000円
お勧め120分:68,000円
※延長は20分15,000円
【ラグジュアリコース】
(スタンダードに加え、洗体、ハンドジョブ、リップサービスが付きます。一部の男の子は有料オプションがあります。)
100分:100,000円
130分:130,000円
150分:150,000円
【スペシャルコース】
(ラグジュアリコースに加え、Syringeサービス)
※ご案内はカード購入者に限ります
===不明点はスタッフまで===
私は、渡された料金表を見ながら一瞬だけ目を細めた。
これは、ここに本物の男がいる何よりの証拠だ。
通常のセクターでは絶対に出せない単語が、事も惜し気に記載されている。
「初回のお客様ですので、スタンダードの60分、もしくは90分で選んでいただくようお願いいたします。」
受付の女の声は穏やかだが、奥底に妙な圧がある。
間違いなく断れば疑われる。
かといって、深く入れば後戻りできない。
私は、渡された料金表を見ながら一瞬だけ目を細めた。
「……ちょっとお値段に驚いてしまって……60分でお願いできますか?」
「かしこまりました。では担当のセラピストをこの中から選んでいただけますか。」
そう言って女は3枚の写真を提示してきた。
その中の1枚を見て、私は息をのんだ。
間違いない、石田翔一だ。
若干修正しました。




