第18話「人生2週目」
俺の決意からしばらく沈黙が続き、山崎が短く息を吸い込んだ。
「ひとまず押収物は指紋とれるか確認しよう。犯歴ある者に当たるかもしれない。」
「了解です。」
「じゃあ次、あたしから昨日の女の行方見せるよ」
そう言って、後藤はスマホをモニターに接続した。
後藤の見せた映像では、後ろで髪を束ねた眼鏡の女は白衣をはためかせ、一つの雑居ビルの外階段を昇って行った。
そのビルの4階はPrivate Reproduction Salon - LUXEと表記があり、ビルの入り口には監視カメラが3台、外階段の出入り口にも1台付いている。
「さっきも出てきたLUXE……名前だけで高級そうね…」
中村が吐き捨てるように言った。
「不動産の登記簿謄本は?」
「めんどくさいことに全フロア区分建物で登記されててさ、4階の所有者は株式会社KZM。例のSPの派遣元ってわけ。」
後藤が再度端末を操作し、法人登記と不動産登記を表示させる。
「じゃあ、株式会社KZMに情報開示の依頼します?」
「それは流石に捜査が漏れるでしょう。管轄税務署に開業届が出てるかの確認と、雇用保険の加入状況を捜査して、さらに犯人グループの人員を確認した方がいいと思います。」
俺の発言に、山崎が大きくうなずいた。
「じゃあ、私と後藤で税務署とハローワーク回ってきますね。」
「わかった。その間、佐藤主任と資料分析をしておくよ。」
中村の提案に山崎が了承し、二人は部屋を後にした。
俺は、画面に表示された法人登記情報を再度見直した。
資本金わずか100万円、屋号と本店所在地を定期的に変更、事業内容もリラクゼーション、医療機器販売、不動産仲介、人材斡旋、飲食店と一貫性が無い、代表者は『雲隠雪乃』。
目くらまし用のペーパーカンパニーとしか思えない。
『雲隠雪乃』で医師検索及び精液取扱者検索をしたが、どちらの資格も登録がない。
さらに運転免許データと照合しても、雲隠雪乃の名前は無かった。
「こいつが、ブローカー…?」
山崎が後ろから声をかけてきた。
「いや、それはわかりませんが、ひとまず公に公開されている医療情報には存在しない名前ですね。免許も持ってないですし。」
「まぁこの世に存在する人間ならどこかに生きた記録があるし、そうじゃないなら加工された記録があるさ。もう少し人に対する捜査してみよう。」
俺は山崎の言葉にうなずいた。
「係長。話変わりますけど、一つ気がかりがありまして…」
「どうしたんだ?今は私しかいないから遠慮なく何でも言ってほしいが」
「いや、最終的にはLUXEに踏み込まざるを得ないと思うんですが、どの法令を適用すべきかなと思いまして…」
そう言って俺は、自分の端末に適用可能性がある法令を列挙し始めた。
「私は男性関連法とばかり考えていたが、えーっと、なになに……『精液採取適正化法』、『繁殖権格差是正法』、『男性保護法』、そして『廃棄物の処理及び清掃に関する法律』…?なんでこんな法が候補に挙がるんだ?」
俺の案を読みながら最後で山崎が首をかしげてしまった。
「当然私は男性関連法で取締るべきだと思っています。しかし、男性関連法だと上の介入があるかなと思いまして。」
「なるほど、そこで廃処理法か。使用済み注射器という医療廃棄物を段ボールで捨てた部分の違反を問うわけか。」
「これなら、廃棄の状況は目視で見ていますし、廃棄物の内容から男性保護の緊急性もありスピード感が出せます。しかし、生殖特捜の主管法令には触れないので報告はしなくてもお咎め無しかと。」
山崎は俺の回答を聞くと、目をきらきらさせて笑顔になった。
「やっぱり警大主席は伊達じゃないね!庁内政治も加味して捜査方針が立てられるなんて、本当にすごい!佐藤主任は本当は人生2週目じゃないのかい?」
そう言いながらケラケラと笑う山崎がなんだかおもしろくて、俺もつられて笑ってしまった。
「そうです、本当は2週目何ですよ。」
「冗談言ってないで捜査の続きするよ!」
『人生2週目』というのは、冗談ではなく紛れもない事実であるが、俺はそれ以上言葉をつなげず、再び資料に目を落とした。




