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1/96〜男女比1:96の貞操逆転世界で生きる男刑事〜  作者: Pyayume
最終章「影法師」

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第164話「鞘鳴」

俺が取調室を出た瞬間、廊下の空気がやけに軽く感じた。


重たい扉が閉まる音が、背中側で鈍く響く。


その音を聞いた瞬間、肺の奥に溜まっていた空気がゆっくり抜けた。


『だから黙りました。……佐藤さんを守るために。』


倉橋の言葉が、耳の奥にこびりついている。


足を止めたつもりはなかったが、気付くと廊下の途中で立ち止まっていた。


蛍光灯の白い光が床に反射し、やけに眩しい。


---

執務室の扉を開けると、いつもの光景があった。


パソコンのファン音、電話の呼び出し音、紙の擦れる音、各捜査員が忙しなく動く日常だった。


しかし、俺にはそれがどこか遠く感じた。


「戻ったか。お疲れさま。」


執務室に戻ると山崎が声をかけてきた。


山崎はいつもの席に座っていたため、俺も自席に座り、山崎の方に体ごと向けた。


「聞いてたよ。倉橋の取調べ。」


短い沈黙のあと、山崎が息を吐いた。


「……どうやっても、刑部には辿り着かない。…だが……話は聞かざるを得ない。」


意味は分かっていたが、俺たちが虎の尾を踏んだと言いたいのだろう。


「…しかし、相手は長官だ。この国で一番力のある資源庁の長だ。私達のような小役人なんて……相手にならない。」


山崎は一拍置いて続ける。


「本気を出せば、この捜査に従事した200余名を、ひとり残らず消すことだってできるだろう……」


俺には、返す言葉が見つからなかった。


山崎が机の上の書類を指で叩き、俺に示した。


「さっき法務省から通知が来たんだよ。警視庁、警察庁、検察庁、3組織同時にだ……わざわざ何処に送ったか分かるように宛名連名でね……」


俺は、自分の胸の奥がわずかに冷えるのを感じた。


「法務省から…ですか?」


思わず出た俺の言葉に、山崎は頷いた。


「内容は簡単だ。この通り。」


俺は山崎の示した紙片を手に取り、すぐに目で追った。


<

福田弥生管理対策官の身体拘束及び一連の男性関連事案に係る取扱いについて(通知)


警察庁長官 殿

検事総長 殿

警視総監 殿


法務省刑事局長


標記の件について、下記のとおり通知する。



1 本件に関し、関係機関の迅速かつ的確な対応により、一定の事実関係の把握が進展したものと認められる。


2 今後の対応は、関係機関間の連携を一層緊密にしつつ、各機関の所掌事務の範囲内において、適切かつ慎重な情報の取扱いを徹底されたい。


3 また、本件が関係行政分野に及ぼし得る影響の重要性に鑑み、対外的発信及び追加的調査の実施に当たっては、関係府省間で十分に協議の上、統一的な対応を図ることを依頼する。


以上

>


ただの通達、どこにでもありそうな文章だと一見したら思ってしまう。


「これは警告だ。」


読み終わった俺を察し、山崎が低く言った。


「資源庁が法務省に手を回し、『ここで止まれ。単独で掘るな。』と言いたいんだろう。検事総長を入れているのは、『起訴独占主義だからといって止められないと思う名よ。刀を抜く準備はあるぞ』、と言いたいのだろう。」


「検察庁法第14条による、法務大臣命での起訴取り下げですか……」


「それ以外に、検事総長を入れる理由が無いからな。……我々が送致しても検察側で止められたらそれで終わる。」


執務室の空気が、静かに重くなった。


「刀は抜かないから恐怖を与えることができるんだ。」


そう言いながら、山崎が椅子にもたれた。


「このタイミングで、これが届くということは、『上は全部知っている。』ということですかね…」


「それもあるが、知っていて止めないが、言うことを聞かないのであれば……ここから整理するぞ。と、理解した。」


山崎が言葉を選ぶように止まる。


「捜査体制が変わると……?」


俺の言葉に山崎がゆっくり頷き、嫌な予感が実感として沸き上がった。


「……私たちは外される……と?」


俺が再度聞いても、山崎は否定しなかった。


「名目はいくらでも作れる。特に我々のような刑事は、他に大規模捜査事案に招集されれば、この事件は送致済みの事件として扱われ、これ以上の捜査は出来なくなる。」


俺は、机の上のキーボードを見つめる。


昨日まで触れていた物が、急に遠く見えた。


「つまり……時間がない。」


山崎の力のある言葉に、俺は顔を上げる。


「何としても刑部に会うしかない。」


言葉の意味を理解するまで、数秒かかった。


数秒遅れて、背筋が冷えた。


「……長官に、直接取調べ……ですか。」


思っていたよりも低かった俺の声に、山崎は頷かなかった。


「正式な取調べは無理だ。福田の上司として、参考人呼び出しをしても一蹴される。」


「では、正式な面会手続きを踏むということですか。……それこそ何か月待ちになってしまうのでは…?」


自分で言って、言葉の重さを改めて理解する。


この国で最も守られている組織、最も触れてはならない権力、その頂点に会うことは直ぐには叶わない。


「分かっている。普通なら無理だ。」


俺の疑問に、山崎は静かに答えた。


「だが、今回は例外がある。」


「例外?」


声をあげる俺を見ながら、山崎は少しだけ迷い声量を落とした。


「長官が、私達に会う意思を示している。」


理解が追いつかず、数秒の空白が生まれた。


「……え?」


「資源庁から錦部長のところに連絡があったそうだ。名目は情報共有……。」


俺の心臓が、一拍遅れて強く打った。


そう言いながら、山崎は苦く笑った。


「呼び出しだよ。完全にな。」


この国で最も触れてはならない人物に呼ばれているという事実に、執務室の空気が、わずかに震えたような感覚になる。


「……時間と場所は決まってるんですか?」


山崎は、机の引き出しから封筒を取り出した。


白い、装飾のない封筒で差出人もなく、ただ裏側の左隅に、小さく<国家生殖資源庁>と、印字されている。


「明日、長官執務室で…と。」


そう言って山崎が机の上に封筒を置いた。


その音が、俺の耳にやけに大きく響いた。


「向こうは、準備完了だと合図をしたんだろうな。」


その一言の後、部屋に静かな時間が流れた。


それは嵐の前にしか存在しない種類の静けさだった。


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