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1/96〜男女比1:96の貞操逆転世界で生きる男刑事〜  作者: Pyayume
最終章「影法師」

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第159話「着信」

捜索着手から1時間半が過ぎ、捜査員が押収品の確認を淡々と進めていた。


「ノートパソコン1式、外付けSSD3台、USBメモリ7本、スマートフォン1台、資料3束。以上となります。」


1人が読み上げ、別の捜査員が倉橋に確認を求める。


室内はそれ以外の声は聞こえず、雨音だけが遠くに続いていた。


最後の押収物を確認すると、倉橋和美は頷いた。


「……はい。問題ありません。」


その声は、先ほどまでと変わらず穏やかだった。


「倉橋和美さん。」


俺の隣にいた山崎が、声をかけながら一歩前に出る。


空気が変わり、捜査員たちの視線が一斉に集まる。


捜索の時間は終わり、ここから別の手続きが始まることが分かる。


山崎は鞄から別の封筒を出し、そこから編綴された紙片を取り出した。


「あなたに、逮捕状が出ています。」


山崎は令状を倉橋に示した。


「あなたを、LUXEにおける男性監禁幇助の被疑事実により逮捕します。薬物を用いて監禁を容易にしたという被疑事実です。」


山崎の言葉は静かだったが、どこか力強さがあった。


倉橋は驚きもせず、目を伏せたまま、小さく息を吐いただけだった。


「……ええ。間違いありません。」


山崎が続ける。


「最後に確認します。LUXEへの事業依頼、協力、指示、資料提供、これらはすべて、あなたの意思ですか?」


短い沈黙の後、倉橋ははっきりと言った。


「実行責任は私に有ります。自分のやったことは自分が責任を持ちます。」


山崎は小さく頷いた。


「それでは手錠をかけますので、抵抗しないでください。」


倉橋は静かに両手を前に差し出した。


その動きに迷いはなく、まるで準備していたかのように見えた。


捜査員が手錠を取り出すと、金属音が小さく鳴り、倉橋の腕に掛けられる。


その瞬間、室内に残っていた捜索の空気が完全に消え、事件が一段階進んだ重さだけが残る。


「それでは、行きましょうか。」


山崎の指示で、捜査員が周囲の最終確認を始めた。


押収品は段ボールへ封入され、封印テープが貼られていく。


その様子を静かに見ていた倉橋に対し、俺は声をかけた。


「現金をいくらか持ってください。留置場で生活用品の購入に使いますので。」


倉橋は「わかりました。」と、短い返答をするだけだった。



「佐藤主任、ちょっと待ってくれ。」


玄関から出て、そのまま倉橋と共に駐車場へ向かおうとしたとき、山崎の声が聞こえた。


俺が立ち止まると、山崎は手招きし、倉橋から離れた場所に誘導した。


山崎は周囲を一度確認し、声量を落とした。


「取調官変更だ。佐藤主任は私と本部へ戻る。倉橋の護送と弁録・取調べは他の者に担当させる。」


一瞬、言葉の意味が頭に入らなかった。


「……変更、ですか。」


「利害関係人であること、備考欄記載の事情による精神的影響、供述の任意性確保を考慮した判断だ。分かって欲しい。」


山崎はそれ以上の言葉を選ばず、ただ事実だけを告げた。


確かに少し精神的な落ち込みがあったため、山崎の判断も理解は出来る。


だが、実際に言葉として突きつけられると、重さが違った。


「……了解しました。」


俺は短く答えると、山崎はわずかに息を吐いた。


「……納得しきれないかもしれない、でも、これは佐藤主任を守るためでもある。」


俺は山崎に返す言葉が見つからなかった。


背後で車両のドアが開く音がしたため振り返ると、雨の中で倉橋が車に乗り込むところだった。


手錠を掛けられたまま、ゆっくりと車内へ身体を入れる。


倉橋は、最後までこちらを見なかった。


ドアが閉まり、護送車のエンジン音が雨音に混ざる。


その音が遠ざかっていくのを、俺はしばらく動かずに聞いていた。


---


本部へ戻る車内は、終始無言だった。


ワイパーが一定のリズムで雨を払い続けている。


それだけが車内の時間を刻んでいた。


しばらくして、山崎が前を向いたまま口を開く。


「……取調官は、中村主任と後藤部長にやってもらおうかと思っている。」


「……はい。」


自分の声が、やけに遠く聞こえた。


「一連の繋がりのうち、送致すべき部分と、情状証拠として使う部分の切り分けも検察官としなくてはな。」


「そうですね。…承知しています。」


俺の返事を聞くと、山崎はしばらく黙っていた。


信号で車が停止し、赤い光がフロントガラスに滲む。


そのとき、山崎のスマートフォンが震えた。


着信表示を見た瞬間、山崎の表情が僅かに固まる。


山崎は短く「……すまない。」と言って通話ボタンを押した。


「お待たせしました、山崎です。」


数秒の沈黙があり、ワイパーの音だけが続く。


だが次の瞬間、山崎の呼吸が、わずかに乱れた。


「……いつ、ですか。」


通話は長く続かず、俺は視線を前に向けたまま、何も聞かなかった。


山崎はゆっくりとスマートフォンを下ろし「……本部に戻る。」と、それだけを言った。


山崎の声は、いつもと同じだった。


それでも、車内の空気だけが変わっていた。


しかし、俺は何も聞かずに、前方の雨を見続けた。


ワイパーが、一定のリズムで視界を切り裂き続けていた。

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