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1/96〜男女比1:96の貞操逆転世界で生きる男刑事〜  作者: Pyayume
最終章「影法師」

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第158話「備考欄」

6月11日、午前6時58分。


梅雨らしく、朝から激しい雨が降っていた。


古びた集合住宅の廊下は水たまりが随所にあり、湿気を含んだ空気で満ちている。


上から零れる雫が、コンクリートを通して音を響かせていた。


俺たちは倉橋和美と掠れた文字が掲げられた玄関口に立ち、そっとチャイムを鳴らした。


ピンポンというシンプルな音から数秒後、鍵の回る音とともにゆっくりと扉が開く。


薄汚れてすこし破れた部屋着を纏い、髪をゴムでまとめた倉橋和美が現れた。


寝起きではあるだろうが、目ははっきりと覚醒していた。


俺の前に居た山崎が名乗る。


「警視庁の山崎です。倉橋和美さんですね。」


「……はい。」


「あなたに対して、捜索差押許可状が出ていますので、お部屋にあがります。強制のため、拒否権はありませんので。」


そう言って、山崎が玄関に入り封筒から令状を出して、倉橋に示した。


「捜索場所はあなたの居住、対象となる被疑事実はLUXEという店舗における男性監禁の幇助。つまり、男性を監禁しやすくしたということです。お心当たりはありますよね。」


倉橋は山崎の示した令状に視線を落とし、読み始めた。


それが読み終えるまで、誰も口を開かず、雨音だけが続く。


やがて倉橋は小さく頷いた。


「……内容、承知いたしました。どうぞ、お上がりください。」


倉橋に抵抗はなく、俺たちはそのまま倉橋の部屋に促された。


「失礼します。」と俺たちは口々に言いながら、室内に入った。



倉橋の居室内は、とても質素なものだった。


置いてあるのはどう見てボロボロになった古い家具、黄色く変色した畳、日焼けしたカーテン。


生活用品も最低限で、到底医療研究者兼医師の住居とは思えない。


外観通りの部屋だった。



「7時07分、捜索着手。」


山崎の一言で空気が切り替わり、捜索が始まる。


「……こうなるの、待っていましたよ。」


立会人として、部屋の壁に佇んでいる倉橋は聞こえないような小さな声で呟いた。


それは独り言というより、確認のように聞こえた。



俺はその呟きを聞きながらも、捜索を始めた捜査員に目を配る。


書棚、引き出し、押入れ、机、収納ケース。


ビニール手袋の擦れる音と、紙のめくれる音だけが室内に広がる。


倉橋は捜査員を眺めながら、壁際で静かに立っている。


逃げる気配も、焦る様子もなかった。


まるでこの光景を既に何度も想像していたかのようだった。


俺は倉橋の隣に立ち、身の回り品の所在確認のために声をかけた。


「倉橋さん。財布やスマホはどこにありますか?」


「ああ、財布は通帳と共に引き出しに。スマホはこれで良いですか?」


そう言って、倉橋はポケットからスマホを取り出し、俺に手渡した。


「暗証番号は使ってませんので、そのまま開きます。確認なさってください。」


倉橋からそう言われ、スマホのロック解除をするとそのままメニュー画面が開いた。


「確認しました。今回の監禁に関することのやり取りは、何を使っていましたか?」


俺の質問に、倉橋は淡々と答える。


「LUXEとはメッセージアプリのコレです。資源庁や大原とは、こちらのメッセージアプリや偶にファイル送受信をする場合はメール等も。PCと同期をしてますので、そちらでも同じように確認ができます。」


倉橋がそう言って整然と机に並んでいたノートPC、外付けSSD、USBメモリを指さした。


机の近くには既に若葉が居り、データ保全に着手しようとしていた。


倉橋の声が聞こえたのか、若葉がこちらを向いて頷き、静かに言った。


「電磁的記録媒体類、データの保全始めます。」


ノートPCの起動音が響き、画面にPIN入力アナウンスが表示された。


「PINコード、教えてもらえればその分早いんですが、倉橋さん教えてくれませんか?」


若葉が再び振り返って質問した。


「PINは………『25 21 13 01』ですよ。」


倉橋は、一瞬間がありながら、そう答えた。


「空白を入れるのは珍しいですね。……あ、開きました。ありがとうございます。」


そう言いながら若葉が外付けSSD、USBメモリ、を順番に接続しながら、内容を確かめていた。


俺はその作業を見守りながら、倉橋に問いかける。


「先ほど、PINを言うまでに少し暇があったのは、何か気になることでもあったんですか?」


「……何もないですよ。ええ、何も。」


倉橋はそれ以上言葉を続けなかったが、視線を不意に逸らした。


逸らした先は、天袋の方に見えたが、その視線を追うより先に、若葉の声が室内に響いた。


「メッセージアプリ、同期データは丸ごとローカルにあるのでこのまま確認できます。」


俺が若葉の声に反応して画面を見ると、時系列で並ぶ無機質なログが表示されていた。


若葉がスクロールを止め、画面中央に固定された一行を指さした。


「……これ、見てください。」


<次回の出品に1名追加、ランクB商品のため慎重に扱います。>


「ちゃんと送信側の履歴も残っていたんですね。」


「はい。これは押収後に報告書化しておきます。」


そう言って森下が、キーボードを叩く音が続く。


倉橋は壁際に立ったまま、微動だにしない。


そこに、「倉橋さん。」と、山崎が言葉をかけた。


「この指示、あなたが送ったもので間違いないですね。」


数秒の沈黙の後、倉橋はゆっくりと頷いた。


「ええ。私の指示です。……そしてこれは、LUXEで監禁されていた石田翔一さんのことに間違いないです。」


倉橋にはやはり迷が無く、ただ事実を離すだけの声が響いた。


山崎は短く息を吐き、若葉に振り返った。


「他はまだ捜索中だ。若葉、他にも気になることがあれば、簡易的に確認してくれ。」


「はい。」


森下の作業が再び始まり、やがて、<資源庁案件>と名前が付けられたフォルダに到達した。


誰も言葉を発さないまま、若葉が中身を開く。


PDF、Excel、Wordと、整然と並ぶファイル群のうち、厳秘とかかれた最上段のファイルが開かれた。


画面いっぱいに表示されたタイトルには<国家資源安定供給 二次フェーズ移行案>

と記載されていた。


若葉がページを送ると、そこには男性の精液の再利用、犯罪男性の矯正、人口政策との連動案に繋げるための法整備等が記載されていた。


俺は無意識に倉橋を見ると、倉橋は目を閉じ、まるで、ようやく終わったと言っているかのようだった。


その時、別の捜査員の声が上がる。


「山崎係長。天袋に紙資料が多数あります。」


捜査員がそう言って、畳の上に資料を置き始めた。


山崎が手袋越しに一つの封筒を開くと、中から出てきたのは、走り書きのメモだった。


<刑部案件、安定脳波パターン男性確保>


<長官了承済>


<男児覚醒成功 >


山崎の手がわずかに止まり、倉橋の肩がわずかに揺れた。


しかし、誰も何も言わずに、沈黙が再び部屋を満たした。


その時、若葉が低い声を出す。


「……気になる別フォルダ、見つけました。」


モニターに表示されたフォルダ名。


<S-0003921>


俺の胸の奥で、何かが音を立てた。


若葉がクリックして、開かれた画面には、数値の羅列と脳波グラフ、その最上部のプロフィールが記載されていた。


<

被験体番号:01(S-0003921)

性別:男

母:倉橋和美(除籍)

備考:特別管理個体。国外流出防止及び継続観察のため出生時よりSランク指定。

>


備考欄の一行を、若葉が読み上げた。


「特別管理個体。国外流出防止及び継続観察のため出生時よりSランク指定。………制度って、ここまでやるんですね。」


悪意のない若葉の反応に、誰もすぐには言葉を発さなかった。


俺には、画面に表示された無機質な文字が、やけに重く見える。


制度上の説明としては、あまりにも簡潔だった。


『……佐藤さん。あなたは、自分がどうしてSに分類されているか、ご存じですか?』


LUXE捜索前のメンタル検査の日、そう問いかけてきていた倉橋の言葉が思い出される。


<備考:特別管理個体>


俺が最初からSランクだった理由は、これだけで十分だった。


評価ではなく指定、選ばれたのではなく囲われていた。


その事実が、静かに俺の胸へ沈んでいく。


背後で、山崎が低く息を吐き、倉橋はやはり何も言わなかった。


雨音だけが、まだ静かに続いていた。

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