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1/96〜男女比1:96の貞操逆転世界で生きる男刑事〜  作者: Pyayume
最終章「影法師」

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第157話「不穏」

山崎の『休憩取れ』という言葉は、思ったより長く頭の中に残っていた。


席に座ったまま、どれくらい時間が経ったのか分からない。


画面は閉じたまま。手はキーボードの上で止まっている。


部屋の中では、それぞれの捜査員の作業音が聞こえているのに、どこか遠かった。


「佐藤君。」


不意に名前を呼ばれ振り向くと、水越が立っていた。


手にはタブレットと数枚の出力紙。


「例の倉橋から任意提出受けたスマホの解析、終わったよ。」


その一言で、頭の中の靄が一気に薄くなる。


「……分かりました。ありがとうございます。」


俺の声は、思ったより普通に出た。


水越は軽く頷き、いつもの落ち着いた口調で続けた。


「重要そうなものいくつか抽出してるけど、見てくれるかな?」


胸の奥で、何かが静かに動いた。


ここから先は、いつも通りの俺が必要だ。


そう思って、椅子から立ち上がった。


「よろしくお願いします。」


「おっけー。じゃあ早速。」


そう言って水越は、手に持っていたタブレットを目の前のモニターに接続した。


モニターに、スマートフォンの解析画面が映し出された。


「まずはこれね。倉橋のスマホからも、やはりTor接続履歴があった。それも大量に。」


黒い画面に、淡々と並ぶログの列。


タイムスタンプ、IP、送信履歴、無機質な数字の羅列。


水越が画面を指で示す。


「継続的にオークションサイトを見ていたという感じ。」


「これ、かなり期間が長いですね。これだけで、甘南備捜索差押時の状況報告と、森下さんの監視カメラの報告書を組み合わせれば、オークション側の関与はかなり見えますね。」


ログがスクロールされると相当量の日付が見て取れた。


「でも、そっちの事実だと請求しにくいかなって思って、次を説明するね。」


水越が別の画面を開く。


それは、LUXEの従業員、祖母井、内山みのりとのメッセージログだった。


画面には倉橋から送信したと思われる短い文章が並んでいた。


<Bの組み合わせで投与量2倍を増やして、夜間脳波の出力を8%に抑えてください。>


<日中の覚醒率が落ちています。3日間、接客業務をさせないでください。>


<数値的には甘南備行きです。明日の夜に私が確認し、ダメそうなら甘南備へ移送できるよう手配ください。>


<次回の出品に1名追加、ランクB商品のため慎重に扱います。>


喉の奥が、少しだけ乾く。


「これ、全部倉橋医師から発信されたもの。相手方からの返信もあるけど、全部まとめれば、LUXE関連だけで100ページは超えると思う。」


LUXEで監禁されていた男性達の処置に対する具体的な指示により、監禁が容易化されたことに否定の余地はなかった。


つまり、監禁幇助の犯罪事実が組める可能性が高い。


「水越さんの結果から、監禁幇助で行くべきだなと思いました。それ全て今日中に報告書化してもらえますか。」


俺の無茶な要求に、水越は少し恨めしそうな目で頷いた。


「……急ぐんだね。」


水越は小さく息を吐いた。


「分かった。間に合わせる。」


そう言いながら水越が、新しいログを表示した。


「……まぁ、それはさておき。ついでにこれも見せておきたい。」


<試薬の納入について>


<収支報告について>


<顧客選定について>


そう題されたメッセージの宛先は福田弥生、祖母井純子、大原麻子、内山みのりだった。


「……不自然ですね。」


画面を見て声を発した俺に、水越が同意した。


「だよね。佐藤君もそう思うか。」


「この内容、機微なものもあるのに、長官の名前が一度も出てきません。」


「そう。ちなみに、倉橋のスマホからも刑部の名前はおろか、長官、イニシャルなんかも一切なかった。」


俺と水越の間に沈黙が落ちた。


「消された形跡はありますか?」


「ない。そもそも倉橋はこのスマホのデータを隠す気がさらさら無い使い方をしてる。」


水越が早口で即答した。


「……だったら、……最初から、存在しないということですね。」


福田の供述が目に見える形となった瞬間だった。


刑部はやはり、ログにも存在せず、守られている人物。


俺は画面を見たまま言った。


「倉橋がデータの隠蔽をしないのであれば、決定的なものが自宅にある可能性がありますね。」


俺の言葉に水越が頷いた。


「そうだね。スマホの使い方を見ても、どちらかというと残す癖があるような使い方だったからね。」


そう言いながら、再度水越が画面を切り替えた。


「あと……。これは偶然見つけたんだけど。」


水越がそう言って表示したのは、医療記録のPDFだった。


「弁天島で保護された住田さんの投薬履歴。倉橋のスマホに保存されてた。」


「何だって!?」


俺の胸の奥がわずかにざわついたと同時に、それまで別作業をしていた山崎が声をあげ立ち上がった。


そのまま、山崎は画面に近づくと、画面に並ぶ数値、投与量、投与間隔、投与期間を食い入るように見始めた。


「これ、今すぐ、住田が入院している警察病院に送ってくれ!今すぐ!」


山崎が画面から目をそらさずに叫んだ。


「まだ、住田は目覚めていない。以前不安定な状況だと聞いた。だから、情報はすぐに送って欲しい……」


山崎が徐々にか細い声に変わっていった。


「実は、住田の今の担当医からどのような状態で何を投与されていたのか、詳細を聞かれている。血液検査も、脳波も通常ではありえない異常値を示しているらしい。」


山崎の悲痛な声が続く。


「原因が分からないまま、状態だけが悪化していると言われた。これまで何があったのか、なるべく情報が欲しいと言われている。」


山崎の話を聞いていた水越が、スマホをポケットから取り出した。


「わかりました。すぐに若葉に言って送らせます。」


水越はそう言って画面を操作し始めた。


「係長、住田の搬送には倉橋が付いていたはずです。そこの引継ぎは無かったんですか……?」


俺の疑問に、山崎は伏し目がちに首を振った。


「倉橋は医師資格停止中。病院側で治療に当たれないどころか、正式な引き継ぎはできていないんだ。……私も後から聞いたことだが。」


「山崎係長、若葉に送ってもらいました!」


水越が見せたのは送信完了の表示だった。


それを見届けた山崎は、小さく息を吐いた。


「ありがとう。取り乱してすまない。」


山崎の小さな声には、誰も何も言えなかった。



俺はそっと端末を閉じた。


倉橋の逮捕は、もう止まらない。


そして同時に、別の何かも動き始めている気がしていた。

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